その3:世界観の破綻

「世界観」はいわゆる「設定」とほぼ同義だ。SFやファンタジーに分類される作品では、この「世界観」が重要になる。よって、そのような作品で「世界観」に矛盾が生じることは致命的となる(「世界観」という言葉は設定よりやや広義で曖昧な感があるので、以下では「設定」の表現を用いる)。

 

執筆前の段階では、設定の矛盾に気づくことは比較的容易だろう。執筆前段階の設定内容に矛盾があることに気づかぬまま執筆を開始してしまったのだとしたら、次回からはもっと気をつけましょうとしか言いようがない。

 

実際に問題になるのは、執筆して初めて「設定の不足」に気づいた時である。

 

これまで「プロットにはないシーンを執筆の段階で書き足すことはよくある」と何度か述べてきたが、設定にも同じことが言える。書いている過程で「はて、この世界では◯◯はどうなっているんだろう?」と気づくパターンだ。

 

たとえば、どこまでも砂漠が広がるファンタジー世界で、主人公たちが酒盛りをする場面を考えてみる。

 

うっかりしているとつい日頃の勢いで、この時主人公が飲んでいる酒を「ビール」などと書いてしまいがちだが、ビールは麦から作るものなので、砂漠では入手困難なはずだ。ここは「ラクダの乳から作る酒」とか「乾燥に強い植物の果実から作る酒」とでもしておくのが無難なところだろう。

 

もちろん、執筆前の段階で「はて、この世界の住人が飲む酒は、何から作られているんだろう?」と気づき、設定を準備しておくことができればそれに越したことはない。

 

だが「設定の矛盾」に比べると、こうした「設定の不足」は実際に執筆する段階まで気づかないことも多い。「酒は何から作られているか」といった、ストーリー上は何の関係もないがしかし明らかに間違ったことを書くのはまずい、という種類の細かい設定ならなおさらだ。

 

先に挙げたような何でもないことだったら、その場で追加の設定を作れば事足りるが、時として致命的な設定の不足に気づくこともある。

 

たとえば「世界的な環境破壊により、国家権力が崩壊した後の、暴力が渦巻く悲惨な世界」を舞台にして、主人公が傭兵稼業に精を出す話を考えたとしよう。あなたは世界観とキャラクターの設定、そしてプロットの作成を終え、意気揚々と執筆に入った。

そして、執筆の段階で(運が良いんだか悪いんだかわからないが)あなたは気づく。「この世界で貨幣経済は成立するのだろうか?」と。

 

国家か、それに準ずる強大な力を持つ統治機構が貨幣の価値を保証していないと、貨幣経済は成り立ちにくい(特に紙幣は絶対に流通していないと考えられる)。そうだとすると、この世界での取引は物々交換に近い形になる(金貨や銀貨が流通している可能性はかろうじて考えられるが、ここでは話を簡単にするため「金貨や銀貨すらも流通しないほど悲惨な状態にある世界」だと考える)。

 

ここで問題。物々交換が主流の世界で、主人公の「傭兵」という仕事は成り立つのでしょうか? ……答えはおそらくノーだ。映画「七人の侍」みたいに「腹一杯の飯」だけを報酬に戦うというのもそれはそれでありだが、作品の幅がかなり狭くなってしまう。

 

ここでは例え話のために少々強引になってしまったが、実際、この手の「致命的な設定の不足」に気づかずに書き始めてしまう人はけっこういそうな気がする。

 

長くなってしまったが「設定の不足」による「世界観の破綻」の概要は以上だ。さて、この種の破綻の原因については、二通りの考え方がある。

 

・単純な「設定の不足」

単純に「執筆前の段階でもっとよく考えておけばよかった」と痛感させられる状況である。

 

予防策は、これまた単純で、設定をもっときっちり詰めること。

 

遭遇した時の対処法としては「その場で設定を追加する」ことだが、それができない場合も多々ある。これについては、次の項で詳述する。

 

 

・逆に「設定が細かすぎる」

 

世界観が破綻する原因のもう一つの捉え方は、逆に「設定が細かすぎる」というものだ。

 

どういうことか説明しよう。上述したように、単純に設定が不足しただけなら、その場で設定を追加すればそれで問題は解決する。

 

しかし、設定が「細かすぎる」のに「詰めきれていない」ために執筆の段階で「不足」した場合、設定の追加は困難を極めることが多い。

 

「ストーリーの破綻」の部分で「プロットが大雑把すぎても細かすぎても破綻の危険がある」といった趣旨のことを書いた。

設定もこれと同じだ。プロットが細かすぎると、修正が入った場合に連鎖反応が起きて収拾がつかなくなることがあるように、設定も細かすぎると後からの変更に対する柔軟性を失うことがある。

 

結果「設定が細かすぎる」せいで「追加したい設定があっても、既存の設定と矛盾してしまうので、追加できない」という事態が、つまり「設定が細かすぎて設定が破綻する」という事態が発生する。

 

こうしたパターンの破綻に対する予防の方法は、第一に「設定をシンプルにすること」である。ただ、ストーリーと同じく、世の中には「複雑な設定の話を書きたい」という方もおられるだろう。そういう場合は逆に「執筆中に設定の追加が必要無いぐらい、徹底的に設定を細かくする」ことが予防策となる。

 

自分で言うのも何だが、明らかにこの予防策は論理的に破綻している(細かすぎる設定のせいで起きる問題に対し設定をより細かくすることで対処するなんて……)ため、実際にやるとなると非常に危ない橋を渡ることになり、おすすめはできないが、やめろとまでは言えない。「複雑でいながら矛盾がなく、後から追加する必要もない完璧な設定」を作るのは難しいが、可能性はゼロではない。

 

遭遇してしまった場合の対処法は、やはり複雑なストーリーの時と同じく「頑張って考える」こと……なのだが、一般的に「設定の複雑さ」のせいで問題が起きた時の方が「ストーリーの複雑さ」のせいでまずいことになった時より、解決の難易度は高いと言える。

 

これはなぜかというと、ストーリーの場合は所詮「作品の主要登場人物など、(全世界から見れば)ごく一部の人間がやること」なので、奇人変人キャラなら突拍子もないことをしても許される場合があるなど、色々と抜け道を思いつく余地があるからだ。危険ではあるが、いざとなったら「こじつけ」や「ご都合主義」を用いることも可能である。

 

これに対し、設定には「物理法則」という巨大な壁がある。また設定は「歴史上の経験則」にも縛られる(「歴史上の経験則」とは、自然科学ではなく社会科学に縛られることもあるという程度の意味。先ほど挙げたような「強大な権力がない世界で貨幣経済は成り立ちにくい」みたいな話)。

 

このように、設定にはストーリーと違って制約が多い。よって、先ほど複雑なストーリーの行き詰まりから打開することを「針の穴に糸を通すよう」と例えたが、これに比べると複雑な設定の行き詰まりを打開するのは「針の穴にラクダを通すよう」なものだと言えるだろう……あ、「針の穴にラクダを通す」は聖書の言葉です。前に一度聞かされて「へえ」と思ったんで、使ってみたかったんですごめんなさい。

 


 
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