consistency_of_writing間が空いてしまったが、気を取り直して小説講座四回目である。

 

今回は予告通り「作劇上の一貫性原則」と題してお送りする。

 

「傑作小説には常に○○がある」「☓☓な小説は駄作だ」と言った「べき・べからず」論がよくあるが、私はそういうのが嫌いだ。小説は、読み手が「読んで良かった」と思えれば何でも良しとすべきで、そういった「べき・べからず」は、表現としての小説の幅を狭めるのではないか、と危惧しているためである。

 

……とはいえ「よほど自信があるのでないかぎり、これだけは守っておけ」と言いたいものもある。それが今回のテーマ「作劇上の一貫性原則」である。

 

 

「作劇上の一貫性原則」とは何か

「作劇上の一貫性原則」(以下、自分で言うのも何だが長ったらしいので「一貫性原則」と記す)とは何か。

 

これを一文で表すと

 

「物語で一度登場した要素は、納得のいく理由がない限り、変更してはならない(一貫していなければならない)」

ということになる。

 

以下に示す具体例を読めば「当たり前の話だ」と分かってもらえると思う。

 

・一度出した設定は(納得のいく理由がない限り)変更してはならない

・登場人物の性格は(納得のいく理由がない限り)突然変わったりしてはいけない

・作品全体の価値観(テーマ)が、変わったりしてはいけない

 

と、まあ説明するまでもないような簡単なことだが、今回はこの話題で一回分引っ張る所存である。

 

付け加えると、裏を返して「一貫性原則さえ守ってれば何をやってもいいだろう」というのが、私の考えであり、もしかするとこっちの方が重要かもしれない。

 

とはいうもののそれでは味気ないので、次節からは、もう少しこの一貫性原則を掘り下げていきたい。

 

なぜ一貫性原則が必要なのか?

くどいようだが、一貫性原則は「面白い小説が書きたいなら(よほどの自信がない限り)これだけは守っておけ」というものだ。

 

ではなぜ、面白い小説には一貫性があるのか?

 

現実との対比で考えてみると分かりやすい。現実の世界には、一貫性など欠片もないか、あったとしてもほとんど感じ取れない。物事は二転三転するし、しょっちゅう登場人物が入れ替わるし、同じ人物が昨日とは全く違うことを言い出したりするし、そして何より、そうした流転には、明確な理由がないことがほとんどだったりする。

 

しかし、気持ちを切り替えよう、これは物語なのだ。

 

物語(特に「面白い物語」)と現実の最大の違いは、物語においては「原因と結果が明白である」ことだ。

 

読者の視点に立って考えてみよう。読者は、魅力的な登場人物に感情移入し、登場人物の立場に立って物語を読み進める。であれば、物語の結末は「登場人物が起こした行動(原因)の結果」でなくては、読者は納得しない。現実の世界では、一人や二人の人間が何をしようが何も変わらなかったり、人間の運命が文字通り単なる運で決まったりするのは日常茶飯事だが、だからといって物語でそれをやっては、大抵の場合つまらなくなる。それだけ、読者にとって、登場人物の存在は大きいのだ。

 

面白い物語の世界においては、原因と結果が真っ直ぐ繋がっている。では、原因と結果を真っ直ぐ繋ぐために、書き手は何をするべきだろうか?

 

ここで必要になってくるのが一貫性だ。登場人物や世界観から一貫性が失われてしまったら、原因と結果を繋ぐ線が断たれてしまう。まずは何よりもこれを防ぐことだ。

 

たとえば、登場人物が何の理由もなく豹変してしまった場合、それまでに積み上げてきたその登場人物の行動は何だったのかということになる。「それまでに積み上げてきた行動」は何らかの形で「原因」となって「結果」に影響を与えることを、読者は期待しているはずなのだ。だから「それまでに積み上げてきた行動」が「原因」から排除され「結果」との関係を失ってしまった場合、読者は裏切られた気持ちになる。

 

故に、当たり前だが登場人物の一挙手一投足は、行き当たりばったりで書いてはならない。特に、主人公の行動は読者も「結末に決定的な影響を与える原因」と捉えて読み進めるので、細心の注意を払おう。

つまり、結末を予め考えている場合は、主人公のその行動が結末(結論)と矛盾しないかどうかいちいち確認する必要があるし、結末を考えずに書いている場合は、それまでの主人公の行動と矛盾しない結末を考えねばならない。

 

ただし、次節で述べるように、変化の原因がちゃんと描かれていれば……つまり「納得のいく理由」が示されれば、原因と結果を繋ぐ線を再びつなぎ、物語の面白さを保つことができる。