free_or_controlさて、月に一回の定例更新では、一本のコラムと一本の小説講座を掲載することになっている。今月の小説講座は「作劇上の一貫性原則」として掲載しているので、本来ならここにはコラムを書かなければならないはずだ。

 

だが、ちょっと忘れないうちに考えをまとめておきたくて、今月は「小説講座番外編」と題してお送りさせてもらいたい。

 

 

登場人物が勝手に動きだす

ある程度、小説を書く経験を積んでいると、ある日「登場人物が勝手に動きだす」という現象が起こる……という、わからない人からすれば怪談としか思えないような逸話が、この界隈では語られることがある。

 

「登場人物が勝手に動きだす」とはどういうことかというと、作者があれこれ考えなくても、作者の頭の中で登場人物が自分から話したり、行動したりする現象……厳密には、作者にとってそう感じられるような現象、である。

 

一般に、この現象は「登場人物を作り、動かすという作者の技量が、一定の水準に達したことを示すもの」として、歓迎されることが多い。そこから一歩進んで「作者の頭の中で勝手に動きだすほどに、イメージが確固としているのは好ましい」とか「頭の中で動くイメージには、下手に逆らわないほうが、登場人物が魅力的になる(おそらく、登場人物のイメージの一貫性が保たれるからだと思われる)」とか言われることもある。

 

「登場人物を勝手に動かした方が魅力的になる」というのは本当か、と疑いを持つ人も多いかもしれない。ただ、私の実体験の範囲で言わせてもらえば、多くの場合においてこれは正しいと言えるように思う。登場人物の勝手な行動(自分から起こした行動)は、(たとえそれがクールなキャラであっても)直感的で躍動感にあふれ、作者が頭で理屈をこねくりまわして考え出した行動よりも、魅力的に映る。

 

というわけで、小説を書き始めるにあたっては「登場人物が勝手に動きだすほどに人物のイメージを確固たるものにしておく」のが望ましい、というのが私の考えだ。

 

「放任」か「統制」か?

しかし、作者としては、いつもいつも勝手に動き出した登場人物を放っておくことはできない、ということもある。小説において登場人物の役割は大きいが、登場人物が全てではない。勝手に動き出した登場人物が、小説の本来の筋を外れて暴走してしまっては困る。

 

つまり、ここには登場人物を「放任」すべきか「統制」すべきかという葛藤が生じる。それぞれのメリット・デメリットをまとめてみよう。

 

放任のメリットは「登場人物を魅力的に描ける(ことが多い)」ことである。一方のデメリットは「小説の筋を外れて暴走してしまう可能性がある」ことだ。

 

統制のメリットは「当初想定していた筋をそのままたどらせることができる」ことであり、デメリットは「登場人物の魅力が削がれてしまう」ことだ。

 

長編小説を書く中での実体験

さて、実はつい先日まで私は長編小説を書いていたのだが、その途中でもこの問題にぶつかった。

 

放任か統制か、という話とはちょっと違うかもしれないが……私が経験したのは、こんな現象だった。

 

小説を書いていると、ヒロインの一人が私のところにやってきて、こう言うのである。

 

「私の初登場シーンがしょぼいじゃない。何とかしてよ」と。

 

私はそれを聞いて口ごもった。確かに、彼女の初登場シーンはしょぼかった。他のヒロインと比べると、長さは短いし、インパクトも小さい。

 

「何であの子の初登場シーンは良い感じなのに、私のはあの程度なの!?」

 

と、彼女は重ねて言う。なんというか、その時の私は、癖のある女優さんを起用してしまった映画監督みたいな気持ちになった(映画監督をやったことはないが)。

とはいえ、彼女の言うことにも一理あった。彼女の初登場シーンをもっと面白くすることができれば、小説全体の質も上がるはずだ。彼女の要望を聞いてやりたいのは山々だった。

 

だが、彼女が具体的に挙げる「ああしろこうしろ」という提案は、どれもパッとしなかった。

 

結局、その場では私もすぐには妙案を思いつかなかったものの、しばらくして良い案が浮かんだので、それを採用した。彼女は、自分が考えた案は却下されたものの、私の案に基づいて書き直された原稿を見ると「だいぶマシになった」とご機嫌になった。

 

ところが、直後に別のヒロインがやってきてこう言った。

 

「あの子だけテコ入れするなんて不公平よ! 私のシーンももっと良くしてよ!」

 

やはりこの時も、彼女の言うことはもっともだと思ったので、私は要望に応じた。ただし、具体的にどう改稿するかは、やはり私が考えて決めた。

 

すると、また別のヒロインが

 

「あの子たちの出番が増えた影響で、私の存在感が薄くなったじゃない!」

 

と苦情を申し立ててくる。これもまたその通りだったので、私は彼女の出番を増やしてバランスをとってやった。もちろん、どんなシーンをどこに追加するかは、私が決定した。

 

結局、この長編小説の主要登場人物で一度も苦情を言ってこなかったのは、主人公ぐらいのものだった。ヒロインの活躍の陰に主人公が隠れてしまってはならないと、私の方で気を遣うほどだった。

 

進むべき道は「どちらでもない」

前の節を読んで「こいつ頭おかしいんじゃないか」と思われたあなた。あなたは正しい。小説を書く人は大抵の場合、多かれ少なかれ頭がおかしい。

 

まあ、それはさておき、そうして完成した長編小説は、いろいろと問題はあったものの、少なくともヒロインたちの要望に応じて書き直したことは、明らかに作品を良くする方向へ働いていた。

 

この経験を受けて私が思ったのは「統制か放任か?」で悩んだ場合、進むべき道は「どちらでもない」のではないか、ということだった。

 

基本的には、登場人物の要望に応じた方が良いと思うので、どちらかといえば「放任」の方に近くなるのだと思う。

 

ただ、要望を実現する方法については、作者が考えるべきだ。登場人物が言ってきた方法(つまり、単なるその場の思いつき)を軽々しく採用すべきではない。

 

登場人物の要望は聞きつつ、要望を実現する方法に関しては作者がああでもないこうでもないと頭を巡らせ、あくまで作者主導で進めるようにすると、上手くいくのではないか……

 

結論……というほど確固とした感じはないものの、今回の長編執筆では、そんな感触を得た。

 

まとめ:何事もほどほどが一番

今回は、長編執筆直後ということで、忘れないうちに考えをまとめておきたいと思い立ち、異例の番外編となった。

 

来月からは平常運行に戻りたいと思うので、どうかご容赦を。

 

では。