あるところに、人気のある金持ちの男がいた。

 

いきなり話が逸れるが、金持ちというのはだいたい人気がないものである。なぜなら金持ちだからだ。
話を戻そう。ところが、この金持ちは人気があった。人柄が良かったし、みんなから喜ばれる事業を切り盛りしていたし、慈善活動にも熱心だった。私生活でも、贅沢をせず、妻一筋で、子煩悩な、良き夫、良き父だった。
ところが、そんな彼も一つだけ罪を犯していた。
それは暴食の罪である。彼は食べるのが大好きだったし、仕事上のストレスもなくはなくて、それを解消するためについ食べ過ぎてしまう。そのせいで、彼は丸々と太っていた。 もっとも、そんなことを気にしている人はあまりいなかった。太っている体にだって愛嬌があったし、彼は食糧支援の団体にも金を出してたからだ。大体、今日日、先進国では食べ物を手に入れるのはそう難しいことではなく、食べ物がほとんどなかった昔ほど、暴食の罪は重くないと思われていたのだ。
ところが、病気になってしまったとなると話は違った。彼は長年の食生活がたたって、肝臓がんになってしまったのだ。
一部の人は、当然の報いだと言ったが、ほとんどの人は、なんて可哀想にと同情した。みんな彼が好きだったからだ。
肝臓がんは末期だったが、最新の医療技術によって、彼は無事に回復することができた。
その時、彼は、みんなに話したいことがある、と言って、記者会見を開かせた。
彼は、自分のことを好きな人や、嫌いな人が、大勢見ている前で、こう語りかけた。

 

皆さん、献身的な医師団や、日夜世界を住みよいところにしようと頑張っている科学者たちのおかげで、私は無事に、こうして回復することができました。そのことをとてもありがたく思っています。
まず始めに言っておきたいことは、私がこれから言うことは、医師たちや、科学者たちを非難するものではない、ということです。彼らは、私を助けてくれた命の恩人であり、善意の協力者なのです。
しかし、今回、私の身に起きたことは、私のみならず、人間存在全体に対する危機であると、私は考えます。
なぜなら、今日、私が助かったことによって、暴食の罪に罰が加えられることは、これから先はもうないとはっきりしたからです。
考えても見てください。いくら健康を損なっても、医学的治療によって回復できるとしたら、健康を損ねることの何が問題になりましょう。
人々はこれから先、暴飲暴食に走ることになるでしょう。食糧危機が起きるかもしれませんし、モラルの崩壊が起こるかもしれません。未来を予測することは、私にはできません。
しかし、これだけは言えます。人々はもう、欲望を抑える必要がなくなりましたし、必然的に、実際に欲望を抑えることも、これからはなくなっていくだろう、ということです。
実を言えば、私は食べ過ぎを悪いことと思いつつ、内心では、発病、そして死という、神罰が下るのを待ち望んでいたような気がいたします。なぜなら、それによって、人々に暴食の罪深さを、身を以て伝えることができると思ったからです。
しかし、そうはなりませんでした。
皆さん、私には分かりません。
これは、勝利なのでしょうか。それとも、敗北なのでしょうか。

 

問いかける彼に、答える者はいなかった。