あるところに、言ったことが何でも本当になる「言葉の魔術師」がいた。
言葉の魔術師は、国中の困っている人の元を巡り歩いた。
病気の人がいれば「あなたは病気ではない」と言って、病気を治してやった。
空腹の人がいれば「あなたは満腹だ」と言って、腹を満たしてやった。
貧乏な人がいれば「あなたは金持ちだ」と言って、金持ちにしてやった。
家族を亡くして悲しんでいる人がいれば「故人は天国に行った」「だから、悲しむことはない」と言って悲しみを和らげてあげた。
また、出征を目前にした若い兵士たちを前にして「この戦争は正義の戦いだ」「だから、必ず勝つだろうし、犠牲者が出たとしても、みな天国に行くはずだ。心配はいらない」と励ました。
そんな言葉の魔術師を、人々は歓迎し、賞賛した。彼さえいれば、苦しいことなどなにもない。その言葉は、苦しみを喜びに変えてくれる、と。
そんなある日、言葉の魔術師の前に、大人たちに連れられた、一人の子供が現れた。子供の体には、あちこちに醜い痣があった。
「魔術師様、」
と、子供を連れてきた大人の一人がいった。
「この子供は、殴っても殴っても言うことを聞かないのです。挙げ句の果てに、しつけのために殴るのは、神の教えに反しているなどと言い出しました。魔術師様、どうかこの子を、大人たちの言いつけをよく聞く、おとなしい子に改悛させてやってください」
それを聞いた魔術師は、この子供は特別に凶悪な悪霊に取り憑かれている、除霊には危険が伴うので、子供と二人きりにさせて欲しい、と言った。
そうして子供と二人きりになった魔術師は、子供に向かってこう聞いた。
「しつけのために殴るのは、神の教えに反している、と言ったそうだね? なぜそう思ったんだい?」
子供は初めて口を開いた。
「簡単なことだよ。人を痛めつけるようなことを、神様がお許しになるはずがないもの」
それを聞いて、魔術師はにっこりと笑い、言った。
「君はきっと、将来は言葉の魔術師になるね」
子供はそれを聞いても、何も言わなかった。魔術師は構わずに続けた。
「それもきっと、私なんかより、ずっと力の強い魔術師になるだろう。
そうさ、私の力は弱い。
病気の人に出会った時、私は「あなたが罹っているのは病気の内に入らない。あなた程度の不調で働いている人は、世の中にたくさんいる」と言ってやった。そしたらその人は仕方なく、病気の体で無理をして働くようになった。するとその人の雇い主は喜んで「あの人が病気を治してくれた」と言うようになった。
私は、本当に、病気を治したわけじゃない。
空腹の人や、貧乏な人に出会った時は、私は「あなたよりもっと空腹な人や、貧乏な人は、世の中にいくらでもいる」「彼らに比べれば、あなたは恵まれている」という話をした。それを聞いたその人たちは、領主や市長に食べ物や仕事を要求するのをやめた。この時も、領主や市長は喜んで「あの人が空腹を満たしてくれた」とか「あの人が金持ちにしてくれた」とか言うようになった。
私は、本当に、空腹の人を満たしたり、貧乏な人を金持ちにしたりしたわけじゃない。
私の力なんて、その程度のものさ。
でも、君は違う。
君は将来、病気の人に出会ったら「薬の値段を下げない薬屋が悪い」と言って、薬屋に押しかけていくだろう。
もしかしたら君は、薬屋に薬を出させて、病気の人を本当に治してしまうかもしれない。
君は将来、空腹の人や、貧乏な人に出会ったら「食べ物や仕事を与えない、領主や市長が悪い」と言って、領主や市長の元に押しかけていくだろう。
もしかしたら君は、領主や市長に食べ物を出させたり、仕事を与えさせたりして、空腹の人や貧乏な人を、本当に満腹にしたり、金持ちにしたりしてしまうかもしれない。
そう、君の方が、私なんかより、ずっと力が強い。
でもね、君は、力は強いけど、悪い魔術師なんだ。
私は、力は弱いけど、善い魔術師だ。
悪い魔術師には、ここで死んでもらわなくちゃならない。
世の中のためにはね」
そう言って、魔術師は刃物を取り出し、子供に襲いかった。
だが、子供は間一髪のところで、突き出された切っ先を避けて、すかさず魔術師の手に噛み付いた。
魔術師は、子供の不意を突いたつもりだった。だが子供は、魔術師が実は詐欺師であることを一目で見抜いており、二人きりになった時から、ずっと警戒を緩めていなかったのだ。
子供と詐欺師は、取っ組み合いになって、刃物を奪い合った。
やがて、一方が倒れたまま動かなくなり、もう一方が、死体から身を起こして、ゆっくりと立ち上がった。
立ったのは、子供の方だった。
子供は、血に濡れた刃物を捨て、ゆっくりと歩き出した。
~完~