ある日、大勢の人々が、これから発売になる新製品をいち早く買うために、行列に並んでいた。

 

行列は、道路のずっと向こうまで延びていた。中には、この日のために何日も前から泊まり込んだものもいて、みな、開店の時を今か今かと待ちわびていた。

 

だが、開店の直前になって、ある金持ちがやってきた。

その金持ちはこう言った。

 

「皆さん。唐突ですが、私を割り込ませてください」

 

行列から、何を言うか、ちゃんと並べ、俺たちは何時間も待ってるんだぞ、という文句が上がる。

が、金持ちは抗議の声を涼しい顔で受け流し、こう宣言した。

 

「もちろん、タダでとは言いません。十万円差し上げます……一人だけではありません。この行列に並んでいる人、全員に、です」

 

行列に並ぶ男女の顔が、動揺を見せた。その時、男が指を鳴らすと、どこからともなく男女の召使い集団が現れ、行列に並ぶ人々に十万円の札束を差し出した。一人一束である。中には、たまたま通りがかって話を聞き、慌てて最後尾に並んだただの通行人もいたが、金持ちは気前よく、その通行人にも札束を差し出した。

だが、行列に並ぶ全員が、その時点で受け取りを承諾したわけではなかった。これはプライドの問題だ、社会規範というものが、とか言って、その人たちは受け取りを拒否した。

 

「ふむ」すると、金持ちはこう言った。「全員の承諾が得られなければ、私は列に割り込めない。割り込めないなら、この十万円は渡せませんね」

 

召使いたちが、サッと札束を引っ込めた。

 

「一人でも拒否するなら、十万円は誰にも渡しません」

 

またしても、行列から怒りの声が上がった。その中にはもちろん、金持ちを非難する声もあった。だが多くは、一人ぐらいならいいじゃないかとか、十万円なら十分だとか、みんなで協力して十万円を稼ごう、とか言っていた。

 

やがて、受け取りを拒否する人は、一人、また一人と減っていった。最後に残ったのは、恋人と一緒に来ていた若い男だった。彼は誰に何を言われても、割り込みを認める気はなかった。

だが、一緒に来ていた恋人が、男の顔をじっと見て、何か言いたくても言えない様子をしているのを見て、男は思い出した。彼女の家は貧乏で、大学の学費を稼ぐのも大変なこと、そのために彼女は毎日アルバイトをしていること……そんな彼女に、この十万円は、どれだけ助けになることか。

 

結局、男は折れた。十万円が一人一人に渡され、行列から歓声が上がった。金持ちは悠々と、列の一番前に割り込んだ。

 

だが、決して喜ばない人が、行列の中に何人かいた。その中にはもちろん、例の若い男もいた。彼は黙って、自分が受け取った札束を彼女の手の中に押し付けると、行列を離れ、その場を立ち去った。