今回取り上げるのは、2013年のイギリス映画「The Patrol」です(日本のDVD販売においては「アフガニスタン」のタイトルになっているようです。画像はアフィリエイト)。

 

アフガニスタンに派遣され、辺鄙な集落に配置されたたった七名の英軍兵士。

 

彼らの任務は、タリバンが集落に居着かないようにするために周囲をパトロールするという簡単なものでしたが、敵は外から来るというよりも、むしろ兵士たちの心の中にいる……という感じのお話でした。

 

(ネタバレありの記事ですので、未見の方はご注意)

 

 

テーマは「厭戦感情」

この映画のテーマを一つだけ挙げるとしたら、それは「兵士たちの厭戦感情」と言えるでしょう。

 

「厭戦(えんせん)」とは、簡単に言えば「この戦争、嫌だなあ、戦いたくないなあ、続けたくないなあ」といった「戦争に対する嫌悪感」のことです。

 

映画では序盤から、英軍兵士達が戦争に対する不満を高めていることを示すエピソードがいくつも出て来て、これが後に厭戦感情へと発展していきます。

 

たとえば、装備に対する不満。英軍兵士が持っている自動小銃はL85A2というものなのですが、この名前は「元になったL85という銃を2回改良したからA2(1回目の改良の時はA1)」という意味です。

 

640px-DM-SD-98-00176で、この元になったL85という銃なんですが、はっきり言って評判が極めて悪い。詳細は割愛しますが、銃についてある程度詳しい人の多くは、L85と言えば「数多くの問題を抱えた欠陥銃」のことだと認識していると言っていいでしょう。

 

そんなL85も、一回目の改良では問題の全てを解消するには至らなかったものの、二回目の改良(驚くべきことにかつての敵国であるドイツの会社に発注したもの)で一応まともに使えるようになったと言われていますが、いくら改良したとはいえ、これを持って戦わなければならない兵士からすると、微妙に不安になるのはわかっていただけるかと思います。

 

なお悪いことに、同じ英軍でも精鋭の特殊部隊だけは、このL85A2ではなくアメリカ製の銃を使っていると言われているのですね。これじゃあ現場の兵士の不満が高まるのも当然というものです。

 

……と、そういった事情を踏まえた台詞が映画でもいくつか出て来ます。業を煮やした士官(平の兵士より偉い人)が「改良したから今はまともな銃になったんだよ!」といった調子で叱りつけると、兵士から「あんたは政治家のまわし者か!」なんて言い返される始末。

 

また、映画中盤に部隊から初めての戦死者が出るシーンの少し後に兵士が「防弾チョッキは大丈夫なんだろうな……?」などと言い出して、防弾チョッキを的にして発砲するというシーンまであります。

 

「現場の兵士は、支給された装備の質で上層部の実力を測る(装備に対する不満はそのまま上層部に対する不満になる)」という話を聞いたことがありますが、この映画の筋立てはそれに沿った形です。

 

また、兵士たちが抱く不満の原因は、装備の他にもう一つあります。それは、作戦全体の歯車としてしか扱われない、自分たちの不遇です。

 

たとえば、監視所から銃火が見えたので撃ち返してみたら、実は味方の特殊部隊だったというシーンが出て来ます。兵士たちからすれば「驚かしやがって」と憤るはずなのですが、上層部から「特殊部隊の任務は機密性が高いので事前に連絡することはできない」と言われれば、受け入れるほかありません。できるのはせいぜい「特殊部隊の連中はすぐに引き上げるが、自分たちは周囲のパトロールが任務だからここに残る。怒ったタリバンの反撃を受けるのは自分たちだ」と不満を口にするぐらい。

 

この他にも、補給が滞りがちになって、弾薬不足の不安に苛まれたり、携行糧食ばかりの日々に不満を漏らしたり。携行糧食ばかりの日々がどう不満なのかは分かりにくいかもしれませんが、一般社会に例えると、飲食店もスーパーもろくにない場所に住むハメになって、食べられるのは保存の効く缶詰やレトルト食品だけになってしまったのと同じような状態、というのが一番近い例えでしょうか。

 

で、おまけに作戦の状況の都合で任務が延長されてしまったり。兵士たちはわずか7人で守る「監視所」を出て、比較的安全で快適な「基地」に戻れる日を指折り数えて待っていたわけですから、そりゃあまた不満も貯まります。

 

そんな境遇に置かれていながら「祖国を守るために戦っている」なんて言われてもねえ、と。

 

とまあ、だらだらと長くなってしまいましたが、この映画の見所は、兵士たちが段々と不満を高めていく様子が、緻密かつわりと説得力のある形で描かれていく点です。

 

この映画は実話を元にしているわけではありませんが、かつて英軍士官だった監督のトム・ペッチ氏のインタビューによれば、自分が軍隊で経験したことが少しずつ入っているとのこと。

 

いくら何でも上層部が無能過ぎじゃないのかとか、兵士たちの怒り方が少々ステレオタイプ気味じゃないかとか、気になることもありましたが、ただ、兵士たちが怒ることそのものについては「そうだよな、こういう目に遭ったら、誰だって怒るよな」と思えるものでした。このあたりには、監督の従軍経験が生かされているのではないでしょうか。

 

また、強まる一方のストレスを前にした兵士たちの反応は一人一人違っていて、それもまた「兵士たちは兵士という人種ではなく、一人の人間なのだ」と観客に印象づけます。

 

ただ単に怒鳴り散らす兵士がいる一方で、疲労困憊のあまり黙って座り込んでしまう兵士がいたり。最初は軍人としての矜持を保っている兵士もいるのですが、そういった兵士もまた、悪化する一方の状況を前にして少しずつ心が傾いていく、という風に、なかなか味のある描写がなされています。

 

そして、本来は衝撃的であるはずのあのラストシーンも、映画を、つまりは兵士たちの物語を順を追って見てきた観客からすれば、ごく自然な帰結に思えてしまうあたりが、この映画のよくできているところと言えるかな、と思います。

 

色々な見方ができる映画……かもしれない

えー、今更ですが、この映画は戦争の中における人間ドラマであって、戦争アクションではありません。

 

戦闘シーンも出てくることは出てきますが、数百メートル遠くの敵と撃ち合っているため観客からは敵が見えないとか、自分たちで対処できない状況では航空支援を呼んで空爆を見てるだけになるとか、そういった非常に淡白な描写です。

 

強いて言えば、中盤に兵士が負傷するシーンがあるのですが、そのシーンでは戦争への不満を口にしていた兵士たちもさっと顔色を変えて、必死になって仲間を救護する、そんな様子には「ああ、やっぱり、軍人の仲間意識ってこういうものだよな」と感じ入ることができました。

 

ですが、基本はやっぱり、先述したように、兵士たちの感情の揺れ動きが主題となるお話であって、アクションはメインではありません。

 

見る人によっては、政治的な作品であるという見方もできるかもしれません。兵士たちの、アフガニスタンにおける戦争への嫌悪感は、かなりのものであると、この映画では描かれていますので。

 

ただ、個人的には、そうした面もこの映画の重要な部分であると言えるとは思うものの、映画そのものは、もう少し普遍的なものと言えるのかな、と思います。

 

たとえば、この映画は一種の教訓ものとしても見ることができるように思えます。

 

軍人というのは、士官と下士官兵に大別されます。一般社会でわかりやすく例えると、士官は管理職で、下士官兵は平の社員とか工員みたいな感じです。

 

下士官兵は士官の命令に絶対服従というのが軍隊の掟ですし、下士官兵に言うことを聞かせるのは、士官の任務の内でもあります。

 

ですがこの映画では、状況に対する不満が高まるにつれ、下士官兵はだんだんと士官の言うことを聞かなくなってきます。

 

で、これ、戦場だけじゃなくて、一般社会でもよくある話なんじゃないかと思うんですよね。管理職なんだけど、職場の部下の面従腹背に悩んでいる、という方もけっこういらっしゃるんじゃないでしょうか。

 

そうした方が見ると、映画の中での士官の立場に、すごく共感できるんじゃないかな……と、ちょっと思います。「ああ、こんな風にして部下の心は離れていくんだな」と感心したり「どうすれば現実の職場で、同じ失敗を繰り返さずに済むかな」と考えたりしながら見るのもいいかも。

 

また、彼らの任務がああいう結果に終わってしまったのは、誰の責任なのか、と考えてみるのも、なかなか面白いんじゃないかと個人的には思います。

 

悪いのは、軍人としての使命を忘れ、不満を垂れるばかりの兵士なのか。

 

あるいは、部下の心をきちんと掴めなかった士官なのか。

 

それとも、現場の士官に十分な支援を提供しなかった、司令部の偉い人たちなのか。

 

個人的には、この映画の状況なら、私は「ちょっと司令部無能過ぎだし、士官たちももっと強く上級司令部に支援を要求してもいいはずじゃないか」なんて思うんですが、皆さんはどうでしょうか?