OLYMPUS DIGITAL CAMERA         第十六代アメリカ合衆国大統領、エイブラハム・リンカーン。

 

彼の名を冠した2012年の映画「リンカーン」は、実際に見るまでは私もてっきり、いわゆる「奴隷解放宣言」の話だと思っていました。

 

実際には少し違っていて、この映画は「合衆国憲法修正第十三条」の成立を描くことにより、リンカーンの異なる一面を捉え……そして「リンカーンは黒人差別そのものは否定しなかった」という、今も彼につきまとう批判に、再考を迫るという、なかなかの意欲作になっているのです。

 

 

長年の疑問……リンカーンは黒人差別主義者だったのか?

640px-Emancipation_proclamationリンカーンがアメリカの黒人奴隷を解放すると宣言した「奴隷解放宣言」は、あまりにも有名です(画像は閣僚と共に草稿を作成するリンカーン大統領を描いた絵画)。


 

 

しかし近年「リンカーンが黒人奴隷を解放したからといって、黒人差別がすぐに解消されたわけではない。そもそも、リンカーン自身、黒人差別を肯定する発言もしている」という声も、そこかしこで聞こえるようになっています。

 

この言質の前半部分は、歴史的に見ても正しいと言えます。南部を中心とするアメリカの一部地域では、奴隷制こそ廃止されたものの、その後も黒人に対する差別が長く続きました。たとえば、黒人に選挙権が与えられたのは、奴隷解放宣言から百年も経った、1964年でした。21世紀になった今でもなお、一部の地域には黒人に対し差別的な態度を取る人がいる、と言われます。

 

では、リンカーン自身は、黒人差別を肯定的に見ていたのでしょうか? リンカーンは、奴隷制は問題だと考えてはいても、人種差別そのものは当然だと捉えていたのでしょうか? ……実際には、黒人差別を肯定するような内容の彼の演説も、どうやら残ってはいるようです。

 

しかし、私は「リンカーンが黒人差別を肯定していた」という主張を聞くたびに、どうにも首をかしげていたのです。「奴隷制はダメだけど差別はOKだ、なんて理屈、どうやったら正当化できるんだ?」と。演説が残っているなどと言っても、政治家が必要に迫られて心にもないことを言うのは、よくあることじゃないか、とまで。

 

 

そんな私の長年の疑問に対し、この映画は、一つの明快な答えを示してくれていました……いえ、明快というのは語弊があるでしょうか。何せ、この映画で示されたリンカーンは、非常に奥深いと言いますか、複雑で読み解きにくい人物ですから。

 

それでも、少なくともこの映画は「リンカーンは、黒人の置かれた境遇に極めて同情的だった」と主張しているのは、間違いないと思います。そのことは、繰り返し現れる、黒人と親しげに言葉を交わすリンカーンの姿から、明らかに見て取れます。

 

もちろん、私だって、この映画に出てくるリンカーンが史実のリンカーンそのものだ、などとは全く思いません。この映画が示しているのは、数多くあるはずの答えのうちの、一つに過ぎません……しかしこの映画は作り手――スティーブン・スピルバーグ監督ですが――の思い入れが、強烈に感じられる内容でした。

 

そんな映画の内容から、私はこの映画のキャッチコピー「最も愛された大統領」というのも、あながち誇張ではないのかもな、と素直に受け入れる気になったりもしました。

 

 

憲法修正第十三条 … 奴隷解放を確定させるために、憲法の改正を目指した

640px-Obama_Health_Care_Speech_to_Joint_Session_of_Congressでは、映画の内容をちょっと紹介しましょう……まず、私もこの映画を見るまでは全然知らなかったのですが、実は南北戦争中に出された「奴隷解放宣言」はいまいち法的根拠に乏しいものだったようなのです(画像は現在のアメリカ下院)。

 

この映画をきっかけに初めて知り、軽く調べたのですが、実は当時、奴隷解放宣言には二つの解釈がありました。一つは、これは議会によって可決された法律だという説。そしてもう一つの解釈が、驚くべき事ですが、なんと、奴隷解放宣言は、軍事作戦の一部に過ぎないというものだったのです。

 

……実は、実際の奴隷解放宣言の内容は、後者の色が濃いものでした。というのも、リンカーン(アメリカ議会)が1962年に出した奴隷解放宣言では、解放される奴隷は、北部諸州(リンカーン側・奴隷解放派)に敵対する南部の州(奴隷維持派)の奴隷に限られていたのです。

 

こういった限られた内容であっても、戦争を有利に進めるということに関しては、極めて効果的でした。奴隷解放宣言を知った南部の黒人の一部は、脱走して北軍に加わりました。また、南部の綿花を欲しがっていたイギリスが、南部側に味方する構えを見せていたのですが、奴隷解放宣言によって南北戦争は「奴隷賛成vs奴隷反対」の戦いになってしまい、イギリスが南部の味方になるのは、政治的に難しくなってしまったのです。

 

しかし、アメリカ合衆国全体で奴隷制を廃止することを正式に決めなければ、奴隷解放とは言えません。また、奴隷解放宣言が軍事作戦の一部とみなされるとなると、戦争が終われば、宣言自体が無効になってしまうということも、十分にあり得ました。

 

 

そこで映画の主題となる「合衆国憲法修正第十三条」の出番です。これが可決されれば、アメリカ合衆国として正式に「奴隷制の廃止」が決定される、という内容でした。

 

しかし、そう簡単にはいきません。憲法の改正には議会の三分の二の賛成が必要だったのですが、リンカーン率いる共和党だけでは無理で、本来は奴隷制維持派であるはずの、敵対する民主党からの造反者に期待しなければなりませんでした。

そこで、リンカーン主導による、アメリカの運命を賭けた切り崩し工作が始まる……というのが、映画の導入部分ですね。

 

 

この映画の特徴が際立つのがまさにここで、つまり、有名な「奴隷解放宣言」ではなく、その後の地味な「憲法改正」を主題にしたところです。

 

まず、このこと自体が、リンカーン批判者への一つのメッセージになっています。リンカーン批判者の中には「奴隷解放宣言は戦争を有利に進めるためという、打算的な動機から出されたものだった」と主張する人がいます。しかし「もし奴隷解放が戦争のためだけだったとしたら、奴隷解放宣言だけで十分のはずだ。その後に憲法改正まで至った理由が説明できない」というわけです。これは、私としては、まさに目から鱗でした。

 

 

リンカーンのジレンマ … 「平和か正義か」

また、憲法改正にあたって、リンカーンたちが直面する「ジレンマ」は、考えさせられるものでした。

 

640px-Battle_of_Gettysburg,_by_Currier_and_Ives当時、多大な犠牲を出しつつも、戦局は北軍優勢が明らかになっており、南軍の降伏は時間の問題でした。四年目に入った戦争に終わりが見え、待ちに待った平和が、すぐそこまで来ていたのです(画像は南北戦争中最大の激戦「ゲティスバーグの戦い」を描いた絵画)。

 

しかし、そんな中で、奴隷制を廃止する憲法改正案を可決したら、降伏に傾きかけている南部を怒らせ、徹底抗戦に走らせてしまうのではないか。そうなったら、切望していた平和が、南北アメリカの統一が、遠のいてしまうのではないか……

 

そういった考えに、元々の「奴隷制を維持したい」という思惑が加わった議会の一部は、南部との和平を優先させ、奴隷解放のための憲法改正は後回しにしよう、と主張していたようです。

 

しかし、映画の中のリンカーンは、これを頑として退けていました。平和が訪れて奴隷制廃止への関心が遠のくことを恐れていたのに加え、南部が復帰した後の議会では、今以上に憲法改正が困難と考えられたからです。

 

一方で、映画の中でリンカーンは、憲法改正を優先させるあまり、反対派の議員に官職への登用を約束することで票を集めたりした(要するに贈賄を働いた)ばかりでなく、南部との和平交渉を(こっそりと)延期させるような真似までします。

特に後者の決断に伴うジレンマは「平和か正義か」とでも言い換えましょうか。何とも苦しい決断です。この決断に平行するように、大学生の息子が「僕も入隊して奴隷解放のために戦う」と言い出し、さらにホワイトハウスで共に暮らす妻からは「息子が死んだら、あなたの責任だ!」と責め立てられ、リンカーンの苦悩はいっそう深まります。

 

それでも……リンカーンは、奴隷解放という最終目標のため、万難を排しつつ、その道を突き進んでいく……というストーリーです。

 

 

タデウス・スティーブンス … 過激な愚者か、あるいは、先見性のある賢者か

Thaddeus_Stevens_-_Brady-Handy-cropと、ここまででもとても興味深い本作ですが、実は私としては、本作の主人公であるエイブラハム・リンカーンよりも、登場人物の一人「タデウス・スティーブンス」下院議員の方が、強く印象に残りました。

 

スティーブンスはリンカーンと同じく奴隷解放に賛成していましたが、彼はその中でも「急進派」と呼ばれる派閥に属していました(映画では、急進派のトップとして描かれています)。つまり、リンカーンよりも強硬に、奴隷解放だけではなく、黒人差別の撤廃を求めていたのです。

 

そのスティーブンスが、リンカーンと二人きりになった場面で、自分の主張を声高に語る場面があります。「奴隷解放だけでは不十分だ。黒人には選挙権を与えるべきだし、戦争が終わった暁には、(黒人奴隷の犠牲の下で築かれた)南部の地主の財産を没収し、黒人に分け与えるべきだ」という主張は、確かに、あまりにも過激ではありますが、考えさせられるものがあるのは否めません。何より「黒人に選挙権を」というくだりは、まるで百年後の公民権運動(この運動により、黒人に選挙権が与えられました)を予見しているかのようで、その先見性には驚かされます。

いや、正直私も「当時のアメリカ人は、奴隷解放には賛成でも、黒人に選挙権を与えるなんてとんでもない、と考えている人ばかりだったのだろう」と信じていましたから、スティーブンスのような人物が、アメリカ議会に議席を持っていたという事実は、(単に私の浅学のためですが)非常な驚きでした。

 

しかし、そんな急進派のスティーブンスに対し、リンカーンは諭すようにこう言います。

「もし君が大統領だったら、戦争が始まってすぐに奴隷解放宣言を出しただろう(リンカーンが奴隷解放宣言を出したのは、南北戦争の二年目でした)……しかしそうなっていたら、南北どちらに加わるか迷っていた勢力が、南側に加わってしまった可能性がある。そうなっていれば、北部は破れ……そして奴隷制は、アメリカ合衆国のみならず(ブラジルなど)南アメリカ大陸まで広がっていただろう」と。

つまりリンカーンは、スティーブンスの主張の正否には直接触れなかったものの、その現実性のなさを戒めたのでした。

 

実はこの時、スティーブンスは奴隷解放を正式に決定する「修正第十三条」に反対していました。理由は「この内容では生ぬるいから」というものです。しかし、リンカーンはスティーブンスの主張は非現実的だとして、妥協を迫ります。

 

結局、この出来事から、スティーブンスは修正第十三条に賛成することを決めます……が、本当の彼の試練はここからでした。

映画の中盤、スティーブンスは議会で証言を求められます。

「ミスター・スティーブンス。あなたが求めるのは、人種の平等か。それとも、法の下の平等か」

と質問されたのです。

もちろん、スティーブンスが心から希求するのは「人種の平等」でした。この文脈で「法の下の平等」と答えることは「法律で差別が認められていれば、差別してもよい」と認めることになってしまうからです。

 

しかし、やはり当時のアメリカ人にとって「人種の平等」は受け入れがたい考え方でした。スティーブンスは同僚の議員に忠告されます。

「法の下の平等だ、と答えろ」

さもなければ、民衆の怒りを買い、憲法改正は失敗し、奴隷制が存続してしまうぞ、と。

 

最終的に、スティーブンスはこの質問に

「私が求めるのは、法の下の平等だ」

と答えます。

このことは彼にとって、文字通り煮え湯を飲まされるような決断だったでしょう。現に「法の下の平等」という錦の御旗によって、差別を認める法律がある州では、その後も黒人への差別が続くことになってしまったのですから。

 

しかし、当時を生きる議員として、精一杯のことをしたスティーブンス氏に、私は批判的な気持ちにはなれません。

 

Lydia_Hamilton_Smith……なお、蛇足ですが、スティーブンスは「黒人女性と愛し合っていた」という説があります。この説を元にして映画の中で描かれたあるシーンは、私の中にスティーブンスの印象を強く残した一因になっています(画像はスティーブンスとの関係が噂された「リディア・ハミルトン・スミス」氏)。

 

それから、スティーブンスを演じているのがトミー・リー・ジョーンズというのもポイントですね。日本では缶コーヒーのCMや「メン・イン・ブラックの年寄りの方」として有名な彼が演じるスティーブンスは、大変な見物でした。

 

 

まとめ … 傑作とは言えないかもしれないが、その意気込みは大いに好感が持てる

映画「リンカーン」の評価として「退屈」というのがよくありますが、それは全くその通りと言えるでしょう。シーンのほとんどは議会での攻防で、アクションシーンなどなく、予備知識がないと分かりにくい話もちらほら。

 

また、本作でのリンカーン大統領は、ことあるごとに長ったらしい「お話」を始めます。よく聞くとなかなか面白い話なのですが、何度も何度も繰り返し教訓話を聞かされることになるので、さすがにうんざりするのも否めません。

 

まとめると「リンカーン」には娯楽性がほとんどなく、それ故に、万人にお勧めできる作品ではない、と言えます。また、史実を忠実に再現しているかというと、一部で疑問があるようで、その点にも難があると言えます。

 

しかし、本文冒頭でも述べたように、この映画からはリンカーン大統領への愛が感じられ、またリンカーン批判者への力強い反論も含まれています。その反論が妥当なものかどうかは、ここではあえて検証しませんが、多額の予算をかけた大作映画でそのような試みを行うこと自体に、制作者であるスティーブン・スピルバーグ監督らの強い意気込みが感じられ、その強い意気込みに、私は素直に好感を持ちました。

 

少なくとも、この映画を見る前の私のように「リンカーンは本当に黒人差別を肯定したのだろうか?」と疑問を持っている方には(この映画にこの問いに対する明快な答えは含まれていませんが、むしろそれ故に)、自身を持っておすすめできる映画だ、と言えます。