historical_fightersもう二年ばかり飛行機関係の連載を月1ペースでやってきましたが、ここらで「航空戦の歴史」と称して、全体を俯瞰しておこうかな、と思ったわけです

 

 

第一次世界大戦

ナポレオン戦争あたりの時代から気球の軍事利用などはあったようですが、それはとりあえず置いておきましょう。

 

ライト兄弟が飛行機を発明してから十年と少し。初期の航空機が本格的な戦争に初めて投入されたのは、第一次世界大戦の頃でした。最初は偵察が主な任務でしたが、すぐに爆撃などもするようになります。……といっても、最初の頃は偵察機から手榴弾を落とすとか、手作り感・DIY魂溢れる感じだったらしいですが。

 

とはいえ、そこは世紀のGreat Warのこと。比喩抜きの日進月歩で技術の改良が進み、すぐに大型の爆撃機が作られるようになります。

 

ww1_biplane_SPAD_SVII_4並行して、偵察機や爆撃機を撃ち落とすため、戦闘専用の戦闘機が作られるようになります。もちろん、相手の戦闘機を撃ち落とすのも、戦闘機の大事な仕事です。

 

ちなみに、当時の軍用機は「複葉機」と呼ばれる、主翼が二枚上下に重なった飛行機が主流でした。これは当時のエンジンの非力さをカバーして、遅い速度でも十分な揚力が得られるようにするためのものです。中には「三葉機」という、主翼三枚の飛行機もあったぐらいでした。

 

ただ、複葉機には遅い速度でも揚力が得られるという利点がある一方、空気抵抗が大きくなるなど、構造的な欠点を抱えていました。

これに対し主翼が一枚の「単葉機」は、速度さえ十分ならそうした欠点がありません。エンジン技術の進歩に伴い、単葉機が主流になるのは当然の流れでした。

 

一方、飛行機の材質も、当時は木や布など軽い物を使っていました。これも、主としてエンジンの低出力を補うためのものです。

 

 

また、武装についてですが

 

「ピストルやライフルでは物足りない。機関銃を積もう」

 

というところまでは良かったものの

 

Mitrailleuse_on_parasol_monoplane「なかなか当たらない (´・ω・`)ショボーン」

 

ということに。

 

以後、旋回式機銃など、色々試行錯誤が続きます。

 

結局、銃を機体に前向きに固定して、パイロットが飛行機全体を動かして狙いをつけて撃つのが一番命中率が高い、ということがわかり、以後、この方式が定着します。


 

戦間期~第二次世界大戦初期

第一次世界大戦が終わってから、第二次世界大戦初期にかけて、注目に値する変化は二つあります。

 

A6M3_Model22_UI105_Nishizawa一つは、飛行機の構造の変化です。「全金属製片持ち式単葉機」や「引っ込み脚」が主流になりましたね。(画像は零戦。零戦は「全金属製片持ち式単葉機」で「引っ込み脚」)

 

「全金属製」とはそのまま機体全てが金属(当時はアルミ合金)で出来ているという意味で、「単葉機」は先ほども触れた通り「複葉機」の対義語で、主翼が一枚のみという意味です。

「片持ち式」とは、翼を紐で上から吊したり、棒で下から支えたり(これ以前の時代にはしばしばありました)せずに、翼の構造だけで自身を支えられるだけでの十分な強度がある、ということです。

 

「引っ込み脚」というのは、飛ぶ時は車輪を機体内に格納して、空気抵抗を減らす仕組みのことです。現代では珍しくもありませんが、当時は飛ぶ時も車輪を出しっぱなしの「固定脚」が当たり前でした。

 


もう一つの変化は、航空戦の戦略に対する考え方の変化です。

 

当時はレーダーが発明されておらず、どんなに頑張って目や耳で敵の爆撃機を見つけたとしても、戦闘機の迎撃が間に合わないと考えられていました。このため「戦闘機不要論・爆撃機万能論」が幅を利かせるようになったのです。

 

Bundesarchiv_Bild_101I-417-1766-03A,_Flugzeug_Junkers_Ju_88ところが、第二次世界大戦が本格化すると、レーダーの出現により、この理論は破綻を来すことになります(画像は「戦闘機より速い爆撃機」として開発されたドイツのJu88。しかし、戦闘機の高性能化により、当初の目論見は外れてしまいます)。

 

 

第二次世界大戦

第二次世界大戦におけるレーダーの実戦投入は、航空戦の様相を一変させました。

 

Chain_homeレーダーを使えば、飛来する爆撃機を遠くから探知できます。この情報を効率的に運用することにより、戦闘機は飛来する爆撃機を上手く迎撃することが可能になりました。また、そのために爆撃機の側でも、従来は不要とされていたはずの、護衛戦闘機を随伴させる必要が生じたのです。(画像はイギリスのレーダー塔。レーダーの歴史で最も古いものの一つ)

 

さらに、より重要なことですが、第二次世界大戦においては、航空戦力が戦局に決定的な影響を及ぼしうることが明らかになりました。これは、第二次世界大戦において、航空機の性能が飛躍的に進歩したため、航空戦力がその真価を発揮することが可能になったためです。

 

たとえば海の上の海戦においては、戦艦同士の砲撃戦よりも、航空機による爆撃や雷撃の方が強力であることが証明されました。

 

624px-Tokyo_1945-3-10-1また工業地帯に対する戦略爆撃は、費用対効果という点では疑問がありましたけれども、十分に敵国の工業力を削ぎうることが明らかになりました。もちろん、その非人道性も。

 


 

冷戦から現代にかけて

640px-USAF_MiG-15第二次世界大戦が終結して、真っ先に起こったのはジェットエンジンの普及です。主に敗戦国ドイツの技術を元に各国でジェットエンジンが製作され、軍用機に次々と採用されたわけです。(画像はソ連が開発したMiG-15。最も初期のジェット戦闘機の一つ)

 

その次には、ミサイルが出現しました。最初期のミサイルは熱源誘導型で、敵機のジェットエンジンの排気熱を探知して追尾するものでした。

 

続いて、戦闘機に搭載されたレーダーでミサイルを誘導する、レーダー誘導型ミサイルが出現します(ちなみに、夜間戦闘用として機上レーダーを搭載した戦闘機は第二次大戦中からありましたが、あくまで特殊な戦闘機という位置づけで、全ての戦闘機にレーダーが搭載されるようになるのは戦後だいぶ経ってからです)。

 

しかし、アメリカ軍がベトナムにおける航空戦を分析した結果、ミサイルは万能ではないとうことが明らかになります。

 

ベトナムでの教訓は以下の二つです

 

・ミサイルを確実に命中させられる位置につけるためには、今後も高い運動性能を持つ戦闘機が必要である

・弾切れなどなんらかの理由でミサイルを撃てない時のために、機関砲はなおも重要である

・遠距離ミサイルを効果的に(最大射程で)撃つためには早期の敵味方識別が必要である

 

このあたりも、航空戦の歴史を語る上で外せないポイントですね。

 

また、前述したとおりレーダーの重要性はいくら語っても語りきれないほどなのですが、冷戦期には電子戦の研究も進みます。

 

640px-SA-2_Guideline_towed_by_a_ZIL-131_truck特に、レーダー誘導型のミサイルが登場してからは、これを回避することのできる電子戦技術の重要性は一段と高まりました(画像は初期のレーダー誘導地対空ミサイル「SA-2」。米軍が電子戦技術を重視するようになったのは、ベトナムでこのミサイルに苦しめられたのがきっかけでした)。

 

そんな電子戦の究極の形が、現在もしばしば世間をにぎわせる「ステルス」と呼ばれる技術ですね。電子の振る舞いを徹底的に考え抜いた上で設計されたステルス機は、レーダーに映らない戦闘機を実現させています。

 

 

未来

航空戦の未来に待ち受けているものを予想するのは難しいことですが、強いて挙げるなら、先述したステルス化と、もう一つは無人化です。

 

航空機の無人化は、一般に知られているより早く進んでいます。既に無人偵察機はアメリカを中心に大規模に運用されていて、しばしば爆撃にも用いられています。

 

空母に着艦する米軍の無人機

最初から爆撃用として作られた、無人爆撃機の開発もかなり進んでいて、実戦への投入も間もなくではないでしょうか(動画は、空母に着艦する米軍の試作無人機「X-47B」)。

無人と言っても、現在は攻撃の指示を人間が遠隔操作で行っています。攻撃の判断まで無人機に任せるかどうかは、かなり根強い反対意見があり、実現するかどうかは不透明ですが「技術的には可能」という段階に入るまで、さほど時間はかからないと思われます。

 

 

次回予告:じかよこ!

ものすごーく駆け足でしたが、航空戦の歴史を一通り流してみました。

 

次回は……今回の記事を書いていて「そういえば飛行機のエンジンについてちゃんと書いてないな」と感じたので、それにしましょうか。

 

それでは。

 

See You Next FLIGHT!!!