車輪の下えーとですね。私がヘッセを大好きになったのは今年(2012年)の初めあたりからでして、とんでもない「にわか」なんですが、それでも文豪ヘッセに対するリスペクトの念ではちょっとやそっとでは負けないつもりなんです。

 


 

私が十代の頃から崇拝してきた神林長平先生信仰を吹っ飛ばしつつあるぐらい、ヘッセに熱を上げている今日この頃なのです。
十代の頃ずっと「文学なんてくだらない」と言い続けてきた私の口を、一発でへこませるぐらい、ヘッセっていうのはすごい人なんです。

 

その一端は、以前「ガラス玉演戯」をご紹介した際にも現れていると思います。

そこで今回は「車輪の下」です。

 

「車輪の下」のあらすじ

この「車輪の下」は日本ではあまりにも有名です。どれぐらい有名かというと、ヘッセと言えばこれしか知らない人が日本では圧倒的に多いぐらいに有名です。

ですけどね……。

 

今回のコラムの結論を言わせてもらえれば、「車輪の下」は確かにいい小説だが、これがヘッセの最高傑作だと思ってもらっては困るということです。「車輪の下」をどこまでも掘り下げていったような作品を、特に後期のヘッセは生み出しており、それにも是非目を向けて欲しいのです。

 

「車輪の下」は、本来は雪月風花を愛する素朴な少年である主人公が、周囲の大人にその才能に目をつけられて半ば無理矢理にエリートコースを歩ませられ、本人もいったんはその気になるものの無理がたたって挫折し、悲惨な末路をたどるという話です。

 

大人達が良かれと思って主人公に施した教育が、主人公の大事な物を奪い、抑圧していく。しかも、それとは知らずに、主人公自身にも無意識のうちに。教育の代償に失った物は大きく、その心の隙間に耐えきれずに堕落しても、受け止めてくれる人はほとんどいない。挫折と同時に去って行くかつての恩師たち。放校になった後で、工房の仕事を教えてくれるのは、かつて学校で自分より劣等だった友達。

 

修道院そこでは、学校が、特にエリートの学校が国家・社会による抑圧のシステムであることが端的に語られます。

作者であるヘッセ自身にも、少年時代にエリート校を放校になった経験があるそうです。

多くの読者は、この本を読み終えた時、この本がヘッセの半自伝的小説であることを併せて聞き、自分が戦ってきた受験戦争を振り返って感慨にふけるのでしょう。

 


 

落ち着け。聞けば分かる

ですがちょっと。ちょっと待って頂きたい。
学校は社会の要請に基づいて存在するものです。その学校を、小手先や表面の議論ではなく、根本から批判するのなら、社会に対する批判もあってしかるべきではないでしょうか。少なくとも私は、「車輪の下」を読み終えた時そう感じました。つまりは、確かにいい小説ではあるが、物足りないと思ったのです。

 

私は「車輪の下」より先に「ガラス玉演戯」を読んだ希有な読者だからそう思うのだと思いますが、それ故に強くこう言いたい。「車輪の下」を読んだ人には「ガラス玉演戯」も読んで欲しいと。できれば「シッダールタ」も。

 

第一次世界大戦ヘッセの作家人生を前期と後期に明確に分けるのは「デミアン」という作品です(ちなみに、この「デミアン」が書かれた背景にあるのは、第一次世界大戦の勃発に伴ってヘッセを襲った精神的危機でした)。

 

 

ヘッセ前期の作品は、単一の価値観が漂っていることを強く感じさせます。特に作品の終盤では、読者に美しい感動を与える(逆に言えばそれだけの)作品が多いように思います。



ところが、「デミアン」を境に作風は一変。「デミアン」は、簡単に言えば光と陰という二つの価値観が主人公の中でせめぎ合う作品です。その結末は、美しさとは似て非なる詩的な喜びを読者に感じさせます。「デミアン」以降の「荒野のおおかみ」や「ガラス玉演戯」では現代社会批判も混ざってきます。後期の作品に取り入れられたこうした要素は、ヘッセを、単なる一時代を築いた流行作家から、歴史に残る偉大な文学者に押し上げたのです。

 

ヘッセ後期の作品を読んでいる人は、文学フリークの中でも一握りしかいないようです。難解だからというのがその理由のようです。

そんな中で、文学に否定的なスタンスを持つ私がヘッセ大好きというのは、いったいどういう巡り合わせなのかと首をかしげますが、同時にひょっとしてみんな食わず嫌いしているだけで、読んで見たら意外と分かるんじゃないかなんて思ったりもします。

 

そういうわけで、これを読んでくださっている皆さんにも、是非ヘッセ後期の作品を読んで頂きたいのであります。初めてなら「デミアン」がおすすめです。短いですからね。ただし難解さは私も認めますので、お覚悟を。

 

しかし、読み終えた時には、なぜ「車輪の下」のヘッセがノーベル文学賞を受賞した作家なのか、その理由がおわかりになると思います。