dictator's_handbook今回は「独裁者のためのハンドブック」を取り上げたいと思います。

 

「ふざけているのはタイトルだけで、内容はまとも」という表現を、このブログでは前にも使ったと思いますが、本書にもこれは当てはまるようです。

 

かなーり皮肉の効いたタイトルではありますが、中身は分かりやすくちゃんと書かれた政治学の本です。本書の目的は、独裁の仕組みを明らかにすることによって、独裁(あるいは、不健全な民主主義)と戦うための適切な方法を考えやすくすることであると、折に触れて繰り返し書かれています。

 

 

大事なのは「盟友集団」

著者によれば、民主主義国家のみならず、たとえ独裁国家であっても、政治的リーダーは自分一人ではその地位を保つことはできません。

 

著者がその重要性を繰り返し強調するのは、リーダーを支える「盟友集団」と呼ばれる人々の存在です。

 

684px-VOA_Arrott_-_A_View_of_Syria,_Under_Government_Crackdown_07独裁国家ではこの盟友集団は、民衆が反乱を起こした場合に鎮圧してくれる軍隊や、民衆の反乱を未然に防ぐ秘密警察などです。一方、民主主義国家では、この盟友集団は、現状の選挙制度の下でリーダーを当選させるのに十分な有権者集団を指します。

 

民主主義・独裁いずれにせよ、この盟友集団から見放されると、リーダーはその地位を追いやられてしまいます。

では、リーダーが盟友集団の忠誠を保つには、どうすればいいでしょうか? 著者の答えは(そしておそらくそれは真実でしょうが)「カネ」です。盟友集団に十分な額の「カネ」をばらまくことができれば、リーダーはその地位を保つことができます。

 

盟友集団にカネをばらまくことでリーダーが自分の地位を保っているのは、民主主義でも独裁でも同じだと著者は言います。民主主義では、リーダーは自分を支持してくれた有権者集団に公共政策という形で見返りを与えます。一方の独裁制では、民衆を弾圧するという、なんだかんだ言いつつも誰もが嫌がる汚れ仕事を、十分にあがなうだけのカネを、軍隊や秘密警察にばらまかなければなりません。

 

盟友集団をつなぎ止めるには「カネ」

ここで、民主主義とは盟友集団の規模が大きい(リーダーが選挙で勝つには多数の有権者の支持が必要だから)政治体制のことで、独裁とは(軍隊や秘密警察さえ押さえておけば大丈夫だから)盟友集団の規模が小さい政治体制のことであり、実は両者には盟友集団の大小という点以外に根本的な違いはない……ということを、著者は匂わせています。

 

とはいえ、この大小の差が、国民の生活に決定的な影響を与えることは、著者も強調するところです。なぜなら、盟友集団の大小の差は、リーダーの生き残り戦略の方向性に決定的な違いを生じさせるからです。

 

前提として、全てのリーダーは生き残ろうとします。そのために、盟友集団にカネをばらまきます。

 

独裁国家では、盟友集団の規模は十分に小さいので、リーダーは盟友集団に直接カネを渡します。これはしばしば汚職という形をとります。独裁国家が多かれ少なかれ腐敗しているのはこのためです。盟友集団に入れなかった多くの国民には、もちろんカネは行き渡らず(リーダーには彼らにカネを渡す動機がありません)、苦しい生活を強いられます。

 

一方、民主主義国家では、盟友集団の規模が大きすぎるので賄賂はコストがかかり過ぎる手法となり、公共政策の方が具合がいいということになります。ただし、盟友集団(潜在的・顕在的に選挙でリーダーを勝たせてくれる人たち)以外には見向きもしないという点では、独裁と同じです。

 

民主主義と独裁の決定的な違いとは?

民主主義と独裁の決定的な違いとして、本書から最も読み取りやすいのは、災害時の対応だと私は思います。

 

640px-US_Navy_110315-N-IC111-420_Chief_Naval_Air_Crewman_Steven_Sinclair_looks_out_from_an_HH-60H_Sea_Hawk_helicopter_assigned_to_the_Black_Knights_of_He民主主義国家においては、大抵の場合、災害の被災者は盟友集団の一部です。ですから、民主主義国家のリーダーは被災者の救援に全力を尽くします。(画像は東日本大震災の被災者救援に駆けつける米軍ヘリ)

 

一方の独裁国家においては、被災者が盟友集団の一部ではないことは大いにあり得ます……つまり、独裁国家のリーダーにとって、被災者はいてもいなくても同じ存在だったりするのです。むしろ、被災者は災害をきっかけとして現体制への不満を爆発させるかもしれない、ということをリーダーは恐れます。

 

それ故に、しばしばリーダーは被災者に鞭を打つような仕打ちをするのです。洪水の水が反政府的な村にわざと流れ込むようにしたり、避難所で身を寄せ合っている被災者を追い払ったり……他にも色々と事例が挙げられています。

 

このように、独裁国家では盟友集団の規模が小さいので、リーダーは盟友集団にカネをばらまくことに腐心し、そのカネを搾り取るために一般市民を弾圧します。一方、民主主義国家では盟友集団の規模が大きいので、リーダーは基本的に国民を大切にします。

 

ただし、著者は同時に民主主義国家であるはずのインドのこんな事例も挙げています。なんでも、インドでは地域によっては、激しい選挙戦がある選挙区がある一方、集票組織が強すぎて、長年無風選挙が続いている選挙区もあるのだそうです。

 

そこで、両地域が災害に襲われたその後を見てみると、選挙戦が激しい地域では災害からの復興が早く進んだ一方、無風選挙が続いている地域では、何年経っても復興が進まなかったのだとか。

 

これは、選挙戦が激しい地域では、政治家が勝つためには被災した多くの有権者の歓心を買う必要があった一方、集票組織が強い地域では、政治家が勝つためには集票組織のキーマンと関係を築くだけでよく、多くの被災者を無視しても構わなかったからでしょう。同じインドでも選挙のあり方一つで(つまりは盟友集団の大小によって)これほどの違いがあるというのは、非常に示唆に富む事実だと思います。つまり、制度が民主的であるだけでは不十分で、実態として盟友集団が大きいものになっているかが、国民の暮らしに大きな影響を与えるということです。

 

そのカネはどこから来るのか?

リーダーは盟友集団にカネをばらまくことでその地位を保とうとする、と語った上で、本書ではカネの出所について語られるのですが、これも実に興味深い内容になっています。

 

カネの出所は、国民から税金を徴収することで得られる「税収」、石油などの天然資源を外国に売って得る「資源」、豊かな先進国から何らかの名目で与えられる「援助」の三つです。

 

このうち「資源」と「援助」は多くの国民の協力を必要としないという点で、独裁者にとって非常に都合がいいと著者は指摘します。「資源」や「援助」によって得られたカネは、独裁者の小さな盟友集団にばらまかれるばかりで、それ以外の国民には全く還元されない(還元する動機が独裁者にはない)のです。

 

一方の「税収」に関する著者の指摘は実に興味深いものです。税収を上げるには国民に効率よく働いてもらわなければなりませんが、国民が効率よく働くためにはある程度の自由が必要です。自由があれば、国民はより効率よく働けるようになり、やる気もまします。

 

これらの事実から一歩踏み込んで、著者は「資源」もなく「援助」も打ち切られ、カネの出所が「税収」以外になくなってしまった独裁国家では、民主化が進みやすいと、いくつかの事例を挙げて指摘します。民衆を弾圧するためのカネがなくなってからも独裁を続ければ、リーダーは命が危ういからです。

 

Oil Pumps逆に、特に「資源」を持つ独裁国家の場合、独裁者の手には民主化運動を弾圧するための資金が十分にあることが多いです。その例として、目立った資源のないエジプトやチュニジアの政変に比べて、石油が豊富なリビアで起きた政変が多くの流血を伴った件などが指摘されます。

 

鶏が先か、卵が先か

従来は、経済が発展することで中間層が力をつけ、民主化が進展するという考え方が主流でしたが、著者はこれとは逆の意見で「むしろ民主的な政体を持つ(盟友集団の規模が大きい)国や地域でこそ、経済が発展しやすい傾向がある」と指摘します。

 

その例として著者が言うには、何と、アメリカの北部が南部と比べて早く発展したのは、盟友集団が大きかったためだと言うのです。南部でも北部と同じように選挙はあったものの、盟友集団は小さかった(当選するのに必要な支持者の割合が小さかった)ため、公共政策によって地域を発展させる動機付けに乏しかったという話でした。

 

先ほどの災害の話においても「豊かな独裁国家」よりも「貧しいけれど民主的な国」の方が災害の被害が少ないという例が挙げられています。

 

盟友集団の大きさが経済の発展にも影響を与えるというのは、正直言って驚きですが、本書の中で挙げられる数多くの具体例を見せられると、深く考えさせられます。

 

なら、どうすればいいか?

著者は、リーダーが自分の保身を追及する「良い政治」と、多くの人の利益になる「良い統治」は異なると繰り返し強調します。その上で著者は、「良い統治」を実現するには「良い政治=良い統治」の方程式を成立させるような状況に持って行くべきだ、つまりリーダーが保身のために多くの人の利益を追及するようにするべきだ……そしてそのためには、盟友集団を大きくするよう仕向けることだ、という主張のようです。

 

そこで、現在すでにそこにいる小さな盟友集団に、盟友集団を拡大させることを合意させる必要があります……そういうチャンスは、リーダーが交代する直前や、小さな盟友集団を満足させるだけのカネがなくなった時に、適切に働きかけることで訪れる(かもしれない)と言います。こういう時期には、小さな盟友集団の面々は自分が特権的な地位から追われることに対する不安に襲われるようになるので、盟友集団の拡大に同意しやすくなるのです。この時、小さな盟友集団の特権を必要以上に削らないように心がける(これが難しいのですが)のが、平和的な民主化のポイントになります。

 

また、独裁をなくしたいならしてはならないこととして、安易な経済援助が挙げられています。盟友集団が小さいところでは、経済援助のお金はほとんどが盟友集団に行ってしまい、その結果は彼らが大衆を弾圧する力を強化するだけです。こうした場合は、経済が発展すれば自然と民主化が進むだろうという考えは当てはまらず、むしろ先に民主化しなければ経済援助の効果が期待できないと考えるべきです。

 

まとめ:政治学って面白いかも

……と、長々と述べてきたこの記事。書評と言うよりは内容の要約みたいになってきましたが、その割にはちゃんと本書の魅力を伝えられたかどうか不安です。

 

ですが、実際の本の中にはここでは挙げられなかったような具体的な事例がたくさん出てきて、それを読み流しているだけでも相当に面白い本になっています。

 

また、私は従来「政治学って何を研究するんだ?」と思っていたのですが、今回この本に触れて「なるほど政治学ってこういうものか」「政治学って面白そうだな」と思いました。これからもちょっとこの方面の本を読んでみたいですね。

 

最後に、この本を読んでいて思い出したのが、ジョージ・オーウェルが書いた「良い本とは、自分の知っていることを教えてくれる本のことだ」という言葉でした。

 

私も前々から「一票の格差の問題とかひどいよな」ぐらいの意識は持っていたのですが、本書はそうした既存の政治制度に対する問題意識を掘り下げてくれる面もあって、大変勉強になりました。

 

というわけで、文句なしにおすすめできる本です。