417px-Air_Commodore_Bouchier本書は、戦後の日本に進駐し、占領任務にあたった英国空軍の将官の回顧録です。

(画像は本書の著者「セシル・バウチャー(Cecil Bouchier)」氏)

 

今回読んだ日本語訳は、尺の都合で日本占領が始まる後半部分のみとなっていますが、それでもとても興味深く読める内容になっています。

 

 

英軍による日本占領はどんな感じよ

第二次大戦の終結直後、日本に連合軍が進駐して占領任務にあたったのは広く知られているところですが、進駐してきたのは米国軍だけではありませんでした。

 

規模の上で、米国に次ぐ第二の兵力を送り込んだのは、遠く離れた英国だったのですね。

 

AWM019422_Yokosuka英軍は米軍と担当地域を分け、中国・四国地方の占領任務が英国に割り振られ、本書の著者も、英国空軍の高級将校として、日本に降り立ちました……

(画像は降伏の際の一幕。ただし鍵を受け取っているのはオーストラリア軍将校)

 

というところから、この回顧録は始まります。

 

本書の著者「サー・セシル・バウチャー(Sir Cecil Bouchier)」は英国空軍の将官として第二次大戦を戦った人物です。かの有名なバトル・オブ・ブリテン(英国本土航空決戦)の時には、激戦区のただ中にある「ホーンチャーチ空軍基地」の司令官を務めていたのだとか。

 

本書は自伝ということで、その分割り引いて考えなければならない部分もあるものの、本書に書いてある限りではバウチャー氏はなかなか好感の持てる人物のようです。

 

占領期の日本についても、日本人の女中は大変礼儀正しかったとか、日本人労働者が怠けるのは腹を空かせているからだと聞いたので、食糧を配給したらちゃんと真面目に働いてくれるようになったとか、割と好意的に書いてあります。なにせ、在日の英国人女性と結婚したのが縁とはいえ、晩年は日本で暮らしているぐらいですからね。

 

当時の様子について、それほど全体像が詳しく書かれているわけではないので、資料としてはあまり読み応えはなかったかもしれませんが、一方で挿入される一つ一つのエピソードは、占領期の日本や占領軍の内部を端的に切り取っていて、大変興味深く読めました。

 

 

バウチャー将軍のその後

終戦から数年経つと、バウチャー氏は戦後の軍縮というのもあったのか、一次大戦以来長年務めた軍を退役(引退)し、新しい仕事を探し始めます。

 

やがて日英間の通商関係の仕事に携わり、大きな成果を上げていたバウチャー氏ですが、そんな時に朝鮮戦争が勃発。古巣の英国空軍から呼び出されたバウチャー氏は「ちょっとマッカーサーに会って話して様子を探ってきてくれ」などという任務を拝命。

 

イギリスの本音としては「やっと世界大戦が終わったばかりなのに朝鮮戦争になんか構ってられるか」とか、ひどくすると「ひょっとして朝鮮戦争ってアメリカの侵略なんじゃね?」と疑ってたような調子だったのですが、バウチャー氏はマッカーサーとの面会や最前線のボロボロになった米兵の視察(朝鮮戦争が始まってすぐの時期は、米韓は連戦連敗でした)を通じ、当時の本国の意図に反して、参戦を強く主張したそうです。

 

640px-SeoulWarDamage1結果的に、国連軍が編成されてイギリスも朝鮮戦争に参戦するわけですから、この決断はなかなかに興味深いですね。

(画像は朝鮮戦争で破壊されたソウル市の様子)

 

また、日本占領時代から朝鮮戦争までのマッカーサーのことが書いてあったり、二度目の退役後にかの有名な英国の首相「ウィンストン・チャーチル」と会談したりと、ここで示される偉人たちの横顔も一読の価値ありといったところでしょうか。

 

 

バウチャー氏の最後の仕事は、ロンドン市内にある「聖クレメント・デーンズ教会(St Clement Danse)」の再建でした。ロンドン空襲で焼失したこの歴史的価値の高い教会は、バウチャー氏の活動によって再建され、今では英国空軍教会としての顔もあるのだとか。

 

その他、障害のある息子を抱えつつも、自分よりずっと年下の、若い在日英国人女性と結婚したりと、プライベートの話も織り交ぜられています。

 

それから興味深いのは、インド空軍設立に尽力したエピソード(人種差別をはねのけたとか、当時はヒンズー教徒とイスラム教徒がそれなりに仲良くやってたとか)と、あとたびたび出てくる英国貴族に関する記述ですね。

バウチャー氏は本書で基本的に他人のことを悪く書かないのですが、少数の例外があり、その例外はよく見るとほとんどが英国貴族なのですね……バウチャー氏本人は没落した中流階級の出身だったようなので、そういう背景もあるのかなあ、なんて思ったり。

 

 

翻訳はちょっと残念な出来

というわけで、本書の内容はとても面白く、それなりに自信を持っておすすめできるのですが、ただ一点、翻訳の質だけはかなり疑問ですね。

 

当初から表記の不一致(「リー・マロリー」と「リィ・マロリィ」など)やら、首をかしげたくなる訳やらが気にはなっていたのですが「まあ学術書ってわけでもないしなあ」と鷹揚に読んでいました。

 

ところが一点だけ、明らかに前後の文脈から「戦争捕虜」とすべきところを「戦犯」ととんでもない誤訳をしたところがありました。

 

戦争捕虜は英語で「Prisoner of War(略すとPoW)」となります。Prisonerは本来「囚人」という意味なので、この点を誤解して訳者は「戦犯」すなわち戦争犯罪者としたのかもしれませんが、とんでもない誤訳です。戦争犯罪者は英語で「War Criminal」となります。

 

原書は未確認なので断定はできないのですが「戦争が終結した直後、英国空軍は輸送機から戦犯に食糧を補給していた」といった文脈で出てきたので、これはまず間違いなく日本軍に捕らえられて食糧不足にあえいでいた「連合軍捕虜」のことだと思われます。

 

繰り返しますが「戦争捕虜」を「戦犯」などとはとんでもない誤訳ですので、翻訳者さんには猛省を迫りたいところですね。

 

とはいえ、他の部分においては、これほど致命的な誤訳はなかったと思うので、まあ内容の良さを考えれば、本書の魅力が帳消しになってしまうほどではないと、一応付言しておきましょう。

 

 

 

ちょっとおまけ

拙作長編小説「とある愛国者からの手紙」の終盤では、日本軍による英国占領が描かれます。

 

しつこいほど書いているように、この小説では日英が史実と逆転しているので、つまりこれは日本占領にやってきた英国軍を元にして書くべきだったわけです。

 

しかしまあ……この本の存在を知ったのは小説が脱稿した後で……

 

この本を読んだ結果、小説の描写の一部が史実と異なっていることが分かってしまったり……

 

最も顕著な例で言うと、英軍が日本に進駐した当時、日本の飛行場はどこも米軍の爆撃を受けて滅茶苦茶で、英空軍の本格的な駐留が始まったのは、飛行場施設が整備された1946年ぐらいからだった、という話でした(ちなみに「朝鮮半島やソ連からやってくる漁船の警戒にあたった」というような話も出てくるので、なかなか物騒な世相だったのかもしれません)。

 

ところが、小説「とある~」では1945年9月には日本軍の戦闘機部隊が英国に進駐していたり……

 

まあ、そういうわけで、本来、書く前にもっと資料を読むべきでしたね。この点は私の反省ポイントです……