悩ましい「正しいことはやるべきだ」と言わんばかりの世の中ですが、今日はそれってちょっと違うんじゃないかという話をしたいと思います。


 

正しさって何?

「正しいことはやるべきこと」。確かに、その通りに思えます。でも、本当にそうなのかな、と私は思うことが多いです。

 

そもそも、正しいこととは何でしょうか。
仮に「みんなが幸せになること」としても、たとえば日本企業が儲けを出せば日本人は幸せになるかもしれませんが、外国の人は仕事を奪われて不幸になるかもしれません。


また「原発を動かせば安い電気が手に入るから幸せになれる」と言う人が多いですが、原発を動かすことそのものに不安を感じる人もいます。その人達は幸せでしょうか。幸せの押し売りを受けているだけではないでしょうか。
「原発は安全だから大丈夫。それより、電気代が高くなるデメリットの方が大きいよ」と言う人もいます。しかし、メリットデメリットは本来主観的な考えです。電気代が高くなってもいいから原発は止めて欲しいという人もいるのではないでしょうか。その人たちのことを無視することが、果たして「正しい」のでしょうか。

 

こうして見てくると、私たちが何かを言ったりやったりする時、それは「正しいから」やるのではないと分かります。


結局、みんな自分が思っていることや、自分の利益になることを、反対している人に押しつけようとしているだけですよね。

言い換えると「人間がやることは、正しいことではなく、自分のためになることでしかない」ということになります。


協調しかし、実際には、私たちの暮らす世の中は「誰もが自分勝手に行動している」わけではないですよね。一見、みんな協調して社会生活を営んでいるように見えます。これはどういうことでしょうか。


 

人間は、自分のやることを、自分の意志だけで決められるわけではありません。なぜなら、人間は他人に頼らなければ生きていけない生き物だからです。だから、ある程度は相手の言い分も聞かなければやっていけません。

 

じゃあ、相手の言い分を聞く度合い……つまり、世の中で誰の意見が通りやすいかを決めるのは、なんなのでしょうか。
まあ、答えは明らかで、それは力の強さです。


要するに、「正しいことをするべき」と偉そうに言うけれど、結局、世の中は力の強い人の意見が通るようにできている、つまり「正しいこと」とは「力の強い人の意見」に過ぎないという……身も蓋もなければ、意外でも何でもない結論に落ち着きましたね。

 

力とは?

では、力の強さを決定するのは何でしょうか。


力あ!ずばりそれは、能力と意志です。正確には、能力と意志の積、つまり式で表すと「能力✕意志=力」ということになります。
どんなに能力があっても、戦う意志がなければ力として表に出ることはありませんし、逆にどれだけ戦う気まんまんでも、能力で致命的に劣っていては勝ち目はありません。



しかし、逆に言えば、もちろん能力に磨きをかけることも大事ですが、能力の差が絶望的でなければ、ある程度は意志で補えるということでもあります。
こういう言い方をすると「精神論じゃないか」と言われそうですが、精神論も限界を知った上で使う分には有意義です。

 

分かりやすい例として、要人暗殺があります。実は、要人警護の世界では「暗殺者が自分の身を顧みずに行動に出た場合、暗殺を防ぐことはほとんど不可能」と言われています。つまり「逮捕されても構わない」「差し違えてでも殺す」という覚悟を持った暗殺者が現れてしまったら、防ぐのは難しいということですね。


ではなぜ、世の中が要人暗殺であふれかえらないかと言うと、意志のあるところには能力がなく、能力があるところには意志がないからですね。


たとえば、アメリカ大統領を暗殺したいと思っているムスリム戦士達はたくさんいますが、彼らが大統領に近づくのは容易なことではありません。意志のあるところには能力がないわけです。


US_Secret_Service_Agent一方で、生まれながらのアメリカ国民が大統領を暗殺しようと思ったら、それほど難しくはないかもしれませんが、今度は暗殺する理由が、つまり意志がありません(大統領自身も、暗殺したいと思われないように行動します(笑))能力のあるところには意志がないのです。


 

まあ、要人暗殺なんて物騒な例を持ち出さなくても、相手が何を言っても聞く耳持たない時、相手にこちらの要求することをさせるのは、ひどく骨が折れますよね。そういった経験は、皆さんも日常茶飯事だと思います。それもまた相手の「意志の力」なのかもしれません。

 

 

まとめ および 言いたかったこと

今回は前半部分で「正しいことはやるべきこと」というのは、結局、力のある人が自分の言い分を正当化しているに過ぎない、ということを述べました。それを受けて、後半部分では「ではその力とは何か」ということを述べてみました。

 

ただし、最後になってしまいましたが、一番言いたかったのは「正しいことなんか何もない。結局利権争いだけだ」というニヒリスティックな厭世観ではありません。


「自分が正しいと思うことは、意志と能力に基づく行動に出て、勝ち取らなければならない」ということです。
流されるままに生きているだけでは、力のある人の餌食になるだけです。私たちもそれに対抗して、能力と意志に磨きをかけ、私たち一人一人が(たとえそれぞれ思い描く未来が別だとしても)理想とする世界を、少しずつでも勝ち取っていくべきです。

世の中で行われている物事全てを、既にそこにあるからという理由だけで「正しいもの」だと考えるのは、馬鹿げたことです。一人一人の人間には、合理的な範囲で自分の幸福を追求する権利があります。それを主張し、獲得するために行動していきましょう。待っているだけでは何も変わらないから、ということです。