N866_basuketogo-rutotaiikukan500-thumb-350_jpg350%25-22932013/01/26 現在、2012年末に大阪市立桜宮高校で男子生徒が自殺し、その原因が教師の激しい体罰にあったと見られることから、様々な騒動・論争が起きています。

このうち、現地首長が起こしている騒動については、一時的なパフォーマンスの域を出ないと個人的に考えておりますので、より長期的な視野から検討が必要と思われる「体罰の是非と将来」について考えたいと思います。

 


 

そもそも体罰とは

そもそも体罰とは何か。私が辞書よりも(部分的には)好きなWikipediaによると「体罰(たいばつ)とは、殴打等の、身体を通じた罰のことである」また「体罰は、父母や教員などが、子供や生徒などの管理責任の下にあると考えられる相手に対し、教育的な名目を持って、肉体的な苦痛を与える罰を加えることを指す」。

 

一見すると、何でもないことのように思えますね。

 

しかし、体罰には色々と問題があるのはご承知の通り。「子供の人格を尊重していない」「子供の将来の人格形成に悪影響を与えるとの研究がある」「そもそも体罰を加える側の権利は誰が認めたものか」などなど。

 

一方で、体罰賛成の意見も多く、その根拠の最たるものは「体罰を加えた方が良い結果になる」というものです。勉強にしろ運動にしろ、成績が上がり、社会的に従順になるというのですね。

 

体罰賛成派の主張が馬鹿馬鹿しいものであることは議論の余地のないところです。得られた結果・予測される結果が良いものであるか悪いものであるかは親や教師が判断することではなく、子供も含めた社会の一人一人が判断することです。たとえ練習不足のために試合に負けても、それが生徒の望んだことであったなら、大人がどうこう口を挟んでいいことではないでしょう。むしろ子供に「勝ちたい」と思わせることに失敗した、大人自身の責任が問われるべきです。

 

a1180_001235反論がある方は私のところに来ていただきたい。あなたのような「子供」のような人は「良い結果」になるよう「教育」してあげますから。


 

とはいえ、凶悪犯罪の実行は(いつもではないにせよ)なかなか社会的に認められにくいものですし、将来被害に遭うかもしれない人がいることを考えたら、何か道を間違えてしまった子供がいたら、物理的に強制力のある指導が必要な場合もあるかもしれません。「正常な」社会人の皆さんに、百歩譲って「ある」と仮定しましょう。

 

21世紀の新しい「体罰」

では、今までの体罰の悪いところをなくして、良いところを残すよう、体罰の制度を改善しましょう。

 

file000495587744まず、法律によって、体罰が許される局面・許される程度を、具体的に細かく定め、これ以外の暴力行為は全て「暴行罪」で立件することとします。


 

教師は、体罰が必要と思われる教え子がいた場合、教育委員会に報告して指示を仰ぎます。教育委員会は検討の末、体罰が必要と結論した場合は、まず二ヶ月ほどの間、各種メディア(ホームページ、プレスリリース、市報など)で広報に努め、異議の申し立てがあった場合は対応します。異議がなかった場合は、教育委員会は、公の場で生徒に対する体罰を執行します。もちろん、この執行の場所と時間は先の広報の中で広く知らされています。

 

また、その場の状況で急を要する場合、やむを得ず、手続きを経ずに体罰を執行する場合もあるでしょう。そうした場合、教師は速やかに教育委員会に事後承認の申請を行います。後の対応はほぼ同じで、体罰が行われた日時や場所、体罰の程度が公表され、その上で教師が暴行罪で立件されるか否かの判断が下されます。ただし、申告しなかった場合や申告が遅れた場合、即刻、暴行罪で立件されます。

 

より体罰の執行に民意を反映させるため、体罰が適当なものであるか否かの教育委員会の検討に民間の専門家を参加させたり、なんでしたら、裁判員裁判の形で体罰が適当かどうか判断してもいいでしょう。

 

以上の改善案は全て冗談です

え? 「そんな手続きを定めたら、いよいよ体罰がなくなるじゃないか」って? 何を言っているんですか? あなたは体罰を良いものだと思ってるんですよね? だとしたらこの改善案、すなわち「体罰の制度化」でいいじゃないですか。何が問題なんですか。

 

体罰問題の立ちが悪いのは、体罰賛成の人たちが、実際には体罰が社会的に認められないものであることをよーく分かっているということです。

 

面白い話ですよね。子供を社会に適応させるために体罰をしている人たちが、自分のやっていることが反社会的行為だと分かっていつつ、それに手を染めているとは。

 

社会に認められない行為をすれば、あなたは「反社会分子」になります。「今の社会は間違っている。社会を変えて、良くしたい」という信念の元でやるなら、それもいいかもしれません。しかし、実際に体罰をやっている人たちの話を報道などで聞くと、とてもそうは思えません。

 

体罰禁止が間違っていると本気で信じるなら、これから体罰をやりますと宣言し、予告した時間と場所で、堂々とやればいいではありませんか。あるいは「徹底した体罰であなたを鍛え上げます」と言って受験生を募ればいい。

 

a0011_000172それができないというなら、残念ながら体罰賛成派は、自分の無能を世の潮流のせいにしているとしか思えません。


 

追伸:それでも、結果的に成績が上がればいいという方は、手っ取り早く覚醒剤を使うことをおすすめします(皮肉です。警察の皆さん、立件しないでね)。