最近「人間には、他の人間を憎悪する自由はあるか?」という問題(?)について考えています。


ちょっとここらで考えをまとめるというか、書き出しておきたいと思って、この記事を書いてみます。



結論を先に述べると、私の答えは「そんな自由はない」です。


人間には他者を憎む自由も権利もない、というのが私の答えです。


もちろん、現実には、人間はしばしば他者を憎みますし、その憎悪が同情に値するものであることも多い。


しかし、その「憎しみの中でも、同情に値するもの」は「やむにやまれぬ事情で仕方なく憎むに至った」ものでなくてはならないのであって、「同情に値する憎しみ」が存在するからといって、憎悪する権利の存在を意味するものでは断じてない、勘違いするな、というのが今のところの私の答えです。


同じ憎しみの感情を持つ人でも「自分はこういう理由で相手を憎まずにはいられない」「だから、相手を憎まずにはいられなくしている原因(「こういう理由」)を、どうにかしてなくして欲しい」と主張するなら、まだ話は分かります。


しかし「自分の中にある「憎しみ」の感情を尊重して欲しい」などと主張する人間に対しては、毅然として対処するべきではないでしょうか。


もちろん、大事なのはこの両者の見極めなわけで、それには多くの困難が伴うのはわかっています。しかし、


「憎しみの原因をなくして欲しい」


と言ってくる人と、


「自分の憎しみを尊重して欲しい」


と言ってくる人とでは、全く違う対処が必要なのではないか、という原則については、私はいま、かなり自信を持っています。