shameless_country一週間ほど前の話だったでしょうか。その頃、稀勢の里関の横綱昇進というニュースに、日本中が盛り上がっていました。

 

しかし、この稀勢の里関のニュース、やたら「日本出身力士としては十九年ぶりの横綱」、つまり「日本出身」というワードが繰り返されていたのですね。

 

ご存知の方も多いでしょうが、なぜ「日本人」ではなく「日本出身」という表現になったかというと、1999年に横綱に昇進した武蔵丸関が、ハワイ出身の帰化日本人だったからです。

 

帰化日本人である武蔵丸関のことを「日本人ではない」とすると、明らかな差別になってしまう……だから稀勢の里関に「日本出身」という表現を使うわけです。

 

……わけなんですが、連日わざわざ「日本出身」を連呼する人たちの心の底には、どうやら「武蔵丸は日本人ではない」という意識があるようです(そうでなければわざわざ稀勢の里関を「日本出身」と連呼する理由がありません)。

 

こうした「帰化日本人は純粋の日本人ではない」という「純血意識」は、昨年、ラグビー日本代表(帰化日本人が多い)の活躍が報じられた時にも見受けられ、この問題が相撲界にとどまらず、日本に広く浸透した問題であることをうかがわせます。

 

結論から言えば、私はこうした「帰化日本人に対する差別意識」は非常に問題があると思います。

 

記事タイトルの通り「帰化日本人に対する差別は、日本を恥知らずの国にしてしまう」というのが、この記事の主旨です。

 

 

「帰化」という行為は重い

そもそも帰化、すなわち、生まれた国とは別の国の国民になるという行為は、決して軽く受け止められていいものではありません。

 

たとえば、日本から外国に帰化する場合は、日本国籍を自動的に喪失する決まりになっています。

 

もしあなたが、仕事や結婚をきっかけに「日本国籍を捨てて、X国に帰化した方がいいかもしれない」なんていう状況に追い込まれたら、あるいは誰かからそう言われたら……ショックですよね? 日本国籍を捨てるべきかどうかは、非常に重い決断だと言えると思います(そしてそうした決断を迫られている人は少数ながら確実に存在するのです)。

 

外国から日本に帰化する場合も、原則として外国の国籍を失う必要があります(日本の場合は)。

 

つまり、帰化日本人というのは、基本的に「母国の国籍を捨てて日本に来ている」人たちなのです。

 

こうした人たちを「母国人でいるより日本人になる方が金が儲かると考えているんだろう。金のために祖国を捨てる卑しいやつらだ」と考える人もいますが、私はそうは思いません。

 

仕事や結婚など、きっかけは色々あると思うのですが、きっとみんな、人それぞれ重い決断を乗り越えた上で「母国の国籍を捨てて日本人になる」ことを決断してくれているのだと思うのです。

 

帰化日本人に対する差別は恥知らずな行為

しかし、現実には「生まれながらの日本人」たちは、こうした「母国の国籍を捨ててでも、日本人になりたい」と願った「帰化日本人」のことを「純粋な日本人ではない」という純血意識から差別しています。

 

普通なら「そうまでして日本が良いと思ってくれているのか! よし、そういうことなら歓迎しよう! もちろん差別だってしない! 平等に扱うよ!」ということになると思うのですが、現実はそうはなりません。

 

現実の帰化日本人は、横綱になっても、ラグビー日本代表として大活躍しても、永遠に「お前たちは純粋な日本人ではない」と差別され続けることになるのです。

 

しかも、そうした差別は、一部の保守派だけから来るものではありません。公共性の高いテレビで「日本出身」という、公然と帰化日本人を差別する言葉が、繰り返し放送されることからも、こうした日本人の「純血意識からくる差別」が根深いものであることは証明されています。

 

こう書くとまるで「生まれながらの日本人」たちが恥知らずみたいですね。

 

いえ「みたい」ではなく、実際に恥知らずなのでしょう。

 

日本を「恥を知る」国にするために

私は本音としては「帰化日本人だけでなく、その他一般の外国人への差別もどうにかしろ」と言いたいのですが、ただ「同じ日本人として、スポーツの世界で日本人が弱いのは寂しい」という思いから、日本人を応援したくなる人たちの気持ちは、分からないでもありません。

 

外国人に対して応援に熱が入らなくなるのは、やはり良くないこととは思いますが、心情としては理解できます。

 

しかし。それでも、帰化日本人のことを差別するのは、越えてはならない一線を越えていると考えます。帰化日本人はれっきとした日本国籍保持者であり、心情的にはともかく、社会的には完全に平等に扱われなければなりません。

 

「それでも人間の本音としては」と声を上げたくなるのも分かります。しかし、みんながみんな本音で行動していたら、世の中は滅茶苦茶になってしまいますよね?

 

あなたがもし、本音をそのまま行動に移していたら、職場はクビになり、学校では孤立し、家庭は崩壊してしまうかもしれません……だから、我々はある程度は本音をぐっとこらえることで、社会とのつながりを保っています。

 

帰化日本人の問題も、それと全く同じことです。たとえ本音でも、やってはいけないことはやってはいけないのです。許されないことは許されないのです。

 

そうした「本音とは違っていても、正しいこと」を少しずつ積み重ねていくことが、私たちが愛する日本を「恥を知る」国にするための、第一歩なのだと思います。