最近、自分の人生を切り売りしているような気がしなくもなく、そういうのは控えた方がいいのかなあという気がしないでもないですが、ただ、ふと思い出したこの経験については、書いておくのも良いかな、と思いました。
というわけで今回は、子供の頃、悪徳業者から電話がかかってきた時の話です。この時、私は電話の相手に、連絡網に載っている、同級生全員の電話番号を教えて欲しい、と言われたのですが……
ちょっとした時代背景
と、本題に入る前に、もしかしたら最近の若い人は事情が分からないかもしれないので、ちょっとした時代背景を説明しておきたいと思います。
私が小学生の頃には、クラスの「連絡網」というものがありました。
たとえば、大雪で学校が休校になることが決まった、としましょう。こういった場合は、休校の決定を素早く各家庭に連絡しなければなりません。現在は電子メールの一斉送信で連絡するのが主流なのでしょうから、楽だと思いますが、当時は電子メールが一般的ではなかったために、緊急の連絡も電話で行っていました。
ですが、一人の先生で3~40人の児童の家に電話するのは大変です。しかもこれでは時間がかかってしまうため、緊急時の連絡プロセスとしては問題があります。そこで、保護者が手分けして(保護者同士で)電話連絡を行う、これが「連絡網」です。
担任の教師を頂点としてツリー状の組織図のようなものが出来ていて、それに従って連絡を回していくことによって、短時間で連絡事項を通達できるわけです。
この「連絡網」のため、当時は児童の家一軒一軒に、同級生全員の電話番号を記した用紙が配布されていることが、珍しくありませんでした。
ですが、もちろんこれは今で言う「個人情報」に当たるものです。当時は個人情報の扱いがおおらかでした(というか「個人情報」なる言葉すら、一般には知られていなかったような気がします)が、現在ではこれは問題があるということで、連絡網は廃止されるか、残すとしても、一人一人に渡す情報は最小限にする(連絡網状のつながりがある数人だけにする)といった措置がとられているようです。
とはいえ、当時は先述したように「児童の家一軒一軒に、同級生全員の電話番号を記した用紙がある」という状態だったのです。
そして、ここからが本題ですが、そうした「同級生全員の電話番号」は、個人情報を狙う悪徳業者に狙われることがしばしばありました。実際、何らかの口実をこじつけて「同級生全員の電話番号を教えて欲しい」という不審電話が、よくかかってきたらしく、学校側も「絶対に教えないように」と繰り返し注意喚起していました。
かかってきた電話
私が小学四年生だった、そんなある日のこと。
その日はたまたま嵐の日で、昼間だというのに薄暗く、雨が激しく窓に打ちつける、不気味な日でした。
理由は忘れてしまったのですが、なぜかそんな日に親は外出していて、私一人、家でゲームをやっていたのです(光栄が出してる「三國志」の中古でした)。
そんな時に「その電話」はかかってきました。
電話を取ると、受話器から優しいお姉さんの声が聞こえてきました。で、そのお姉さんが言うのです。「連絡網に書いてある電話番号を教えて欲しい」と。
口実は何だったか忘れてしまったのですが、確か「困っている」とか言っていたような覚えがあります。
私はこの時点で、教師から繰り返し警告されていた不審電話だな、というのはさすがに分かったのですが、同時に「おや」と興味を惹かれる気もありました。
教師から警告されていた時には「そんな電話に騙されるわけないじゃん」と思っていたのですが、実際に優しいお姉さんの声に助けを求められてみると、ちょっとむげにはできないような気もしてしまったからです。そのため、私はすぐに電話を切ることをしませんでした。
とはいえ、さすがに電話番号を教えるわけにはいきません。私は「そういうのは教えちゃいけないことになっているので」と断ろうとします。
(画像は本文とは関係ありません)
私は「連絡網の紙がどこにあるのか分かりません」ととぼけることにしました。するとお姉さんは「君、そんなことも分からないの?」などと言ってきます。私は「うわあ、嫌な人だなあ」と思いました。でも、もしかすると、むかっ腹を立ててこっちが教える気になるよう仕向ける作戦かもしれない、とも思ったので「できないものはできません」と答えます。
そんな調子でのらりくらりとかわしていく私でしたが、相手はなかなか諦めません。「いい加減、ゲームに戻りたいなあ」と思い始めた頃、お姉さんがこんなことを言い始めました。
「ねえ、君、本当に一人? 誰か、おじいちゃんとかおばあちゃんが横にいるんじゃないの?」。
これを聞いて、私は「おお!?」と思いました。これは俺、手強いと思われているな、と。嬉しかったのです。俺は悪いお姉さんを手こずらせてるぜ、どんなもんだい、と。
そしてとうとう、お姉さんはこんなことを言い出します。「連絡網を教えてもらえないと、すごく困ったことになるの。君、そうなっても責任取れる?」などと。
私は、うわあ、嫌な大人だなあ、と再び思いつつ、言いました。「でも、電話番号を教えて、それを悪用されても、責任取れないじゃないですか」
すると、それまで何を言っても食い下がってきたお姉さんだったのに、なぜかこの一言には「えっ……」と声を出したきり、黙り込んでしまったのでした。
数秒後、電話が一方的に切れます。
私は「勝った」と思いました。ところが……やれやれ、これでゲームに戻れるな、と私が電話の前から離れた瞬間、また電話が鳴ります。
私は電話を取ります。すると、電話は切れます。無言電話です。
私が「むっ」としながら電話から離れようとすると、また電話が鳴ります。しかし、やはりまたすぐに切れてしまう無言電話。そんな無言電話が、さらに二回、三回と続いていきます。
さすがにこれには、得意になっていた私も、少し怖くなりました。
しかし、です。子供心に「これは俺を怖がらせようという向こうの作戦だ」と分かったものですから「くそう、舐められてたまるか」と思った私は、素早く電話を取り、送話口に思い切り
「バーカ!」
と言ってやりました。
そして、向こうが電話を切るより早く、こちらから電話を切ってやります。
さて、これでもまだかかってきたらどうしよう……そうだ、電話線を抜けばいいんだ、などと私は考えていましたが、しばらく待ってみても電話はかかってきません。
……そのまま、もう電話は鳴りませんでした。私はようやく、個人情報を狙う悪徳業者を撃退したわけです。
ただ、この話には後日談があります。
後日、学校に行くと、先生から不審電話についての話があり、その場でクラスの数人が「うちにもかかってきた!」と言い出したのです。私もその一人でして、私や他の男子などは、不審電話を撃退した体験談を誇らしげに語り出し、先生にたしなめられたりしました。
ところが、先生はこんなことを言うのです。「まあ、別のクラスでは、教えちゃった子がいるみたいなんだけどね……」と。
それまで、悪者を撃退して誇らしげだった私は、それを聞いて途端にやりきれない気持ちになりました。自分たちが悪者を撃退しても、悪者は別の標的に……弱い標的に狙いを定めて、目的を達成してしまうのか、と。
昔を振り返ってみて
振り返ってみると、この経験は私が「悪意ある大人」と対峙した、初めての経験だった……ばかりでなく、今に至るも唯一の経験だったと言えるのかも知れません。Twitterで国粋主義者と罵倒を交わしたこともある私ですが、その時の相手からでさえ「悪意」は感じませんでした。
その点、この時電話をかけてきたお姉さんは、こちらの「困っている相手を助けてあげよう」という気持ちや「責任感」につけこんで、悪意ある目的を達成しようとしてきました。
普段大人から「困っている人を助けよう」とか「責任感を持とう」と教わっていた私でしたが、そういう「美徳」につけこんで悪いことをしようとする大人がいる、と知ったことは、ある種の画期的な経験でした。
同時に、自分のように簡単には騙されない人ばかりではなく、そういう悪い大人に騙されてしまう人もいるんだな、と知ったことも、大事な経験だったように思います。
それにしても……あの時、悪いお姉さんに向かって「バーカ!」と言ってやった私ですが、現在、Twitterやブログで一国の首相や大統領を揶揄したり罵倒したりしているあたりからして「三つ子の魂百まで」という気がしますw