仙台市沿岸部_2013_01_04_閲覧2011年3月11日に発生したあの大震災から、今月で一年になりました。

 

私自身は、あの大震災では、当日に家に帰れなくて知人の家に泊まったとか、家が計画停電の対象になって、田舎だったのでけっこうばんばん停電したとか、まあ被害はその程度でした。これから放射線の被害が出てくるかどうかはよく分かりませんけどね。 (画像は仙台市沿岸部。Google Earthより。2013/01/04閲覧)

しかし、そういった震災による直接の被害以上に、この震災は日本の問題を浮き彫りにしたようです。それを埋め合わせようとでもするかのように、今、絆という言葉が盛んに繰り返されています。

 

ですが「同じ日本人だから絆を結んで支え合おう」とは言いますが、確かに日本人同士権利は平等でも、原発の近くに住んでいた人と、原発の遠くに住んで電気だけ使っていた人とは、「同じ日本人」なのだろうかとか、考えずにはいられません。

 

折しも、福島の小学校では、一時的に避難した後戻ってきた子供たちが「裏切り者!」と言われて教師からも子供からもいじめられているという噂話が流れてきています。

 

今回は、非国民と言われるのを承知で、震災について色々もの申したいと思います。

 

論点1「原発」

福島第一原発_2013_01_04閲覧まず、原発についてです。

原発が嫌いか、と言われて、好きだと答えるのは、まあよほどの科学マニアぐらいのものではないでしょうか、今の日本では。一方で、原発はなくすべきか、と聞かれると、なくすべきではない、という人も多いような気がします。この違いはどこから生まれるのか。

(画像はGoogle Earthより。2013/01/04閲覧。っていうかこんなの建ってるんですね……)

 

答えは単純なことで、個人として考えるか国民として考えるかの違いなのだろうと思います。原発は嫌いか、という問いは極めて個人的なものなので、個人の意見を答えるわけですが、原発はなくすべきか、と聞かれると、国のインフラとしての原発の役割にまで思いを馳せて、国民として答えるわけです。

 

似たような質問でも、聞き方を変えるだけで返ってくる答えは大きく違うと思います。これだけでも怖いですね。最近のメディアは「原発は嫌いですか」とは決して聞きませんから。

 

さて、突っ込みどころがもう一つあります。それは、「常に国民は個人に優越するか」ということです。国民としての自分を、個人としての自分に優先させなければならないのか。ならないとすればそれはなぜなのでしょうか。個人としての自分の意見は、本当に、単なるわがままなのでしょうか。個人の意見をわがままとして扱うのであれば、私たちは個人の意見を封殺していった先の大戦から本当に教訓を学んでいると言えるのでしょうか。

 

論点2「絆」

群衆まあ、原発についてはこれぐらいにして、次はメディアが叫んでいる「絆」の話をしたいと思います。


突然ですが、今の日本は資本主義社会です。要するに金を儲けた方が勝ちという世界です。儲けより良心を優先させたら、その瞬間、その人は骨の髄まで搾取され尽くされ、捨てられてしまう、そんな世の中です。メディアですら例外ではありません。「正しい」と「儲かる」を両立させることに、多くの報道関係者が腐心していることは私だって想像しますが、どうしても「儲かる」が優先させられるはずです。そうしなければ殺されてしまいます。

 

何が言いたいかと言うと、「絆」はどうやら儲かるらしい、ということです。それ自体は悪いことではありません。しかし、今の「絆」という言葉は、たとえば、同じ日本人でも原発に近いところに住んでいる人と遠いところに住んでいる人がいるという違いに、無反省に使われている場面がないでしょうか。そこの反省無しに「絆」を叫んでみたところで、空虚なだけではないでしょうか。しかし、反省を叫んでみたところで、おそらくは儲からないのでしょうね。嫌なもんです。

 

私は、大衆を馬鹿にするのではありません。馬鹿にすればかならず虚を突いてくるのが大衆というものです。しかし同時に、期待すれば必ず裏切るのも大衆だと思っています。

 

私たちはこの百年あまり、いえおそらくはそれ以上、原発を初めとする政治を政治家に、「絆」に象徴される社会的結束の要をマスメディアに任せてきました。私たちは何も考えずに、政治家やマスメディアの言う通りにして、自分に任せられた職業の範囲内でだけ物を考えていればよかったのです。

 

しかし、これからは、本当にそれでいいのでしょうかね?

 

*2013/01/04追記

サイトリニューアルに伴ってこの記事に画像を付け加えたわけですが、Google Earthで衛星写真眺めただけで被災地に行った気になってはならないなあ、と自戒を込めて思います。

やっぱり一度現地に行かねばと思うのですが……自分なんかがいっても邪魔なだけだし、とも思うし……

でも震災から時間が経った今だからできることもあるのかなあ……

そんなことを考える日々です。