turning_point先日、東京都の猪瀬直樹都知事が、政治資金がらみの問題で辞任しました。

 

それについてどうこう言うことは、既に他の人が飽きるくらいやっていることなのでやめておいて、今回は猪瀬都知事辞任劇から垣間見えた「出世街道上の転換点」というトピックについて語ってみたいと思います。

 

 

猪瀬都知事「自分はアマチュアだった」

猪瀬都知事が記者会見で口にした言葉「(政策についてはともかく)政務とかそういうことについては、自分はアマチュアだった」という言葉が、私の中では妙に印象に残りました。

 

ご存知のように、猪瀬直樹氏は従来、一部の人からはその博覧強記ぶりや、エネルギッシュな行動力が高く評価されていました。特に、新自由主義的色彩の強い経済政策が専門だったようで、これまでに様々な事業の旗を振り、多くを成功させてきました。

 

 

gold_and_arrestしかし、その猪瀬氏が、政治資金問題であっさりとつまづき、辞任に追い込まれたのは、なんともはや、坂道を転げ落ちるように、と言いますか。

 

昔、ある提督が言った「数十年かけて作り上げた艦隊も、滅ぼすには一日で十分だ」という言葉を思い出さざるを得ません。

 

とりわけ、政治資金問題が発覚したあとの、猪瀬都知事の言い訳の酷さには、私は怒りを通り越して失望と呆れを感じましたが、そういう方は割と多かったのではないでしょうか。っていうかあれ、昔の猪瀬氏の知性溢れる言動からはかけ離れていて、ちょっと同一人物とは思えませんでしたよね。

 

 

合議制か独裁か?

まあ、それはいいんです。いま書きたいのはそれじゃなくて。

 

今回の辞任劇で明らかになったのは、猪瀬氏ほどの人物であったとしても、分野によっては専門外であるために、右も左も分からないようなことがある、ということです。

 

これに対する対策は単純で、できるだけ人の話を聞くようにする、ということでしょう。特に、自分の専門外である分野なら、人の言うことを聞くのが重要だ、ということになるかと思います。

 

しかし、これを言うとすぐに反論が出てきます。いわく「一人の人間が意志決定を行った方が、素早く行動できる。間違える可能性もあるが、決定を行う一人が十分に優秀ならば、問題はない」というものです。

 

 

democracy_vs_dictator果たして「人の意見を十分に聞いてから決定する」方式と「一人の優秀な人間が独断で決定する」方式とでは、どちらが優れているのでしょうか?

 

 

 

私なりの仮説……「出世街道には転換点があるのではないか?」

大変に難しい問いですが、私なりに立ててみた仮説は「出世街道には転換点があるのではないか?」というものです。

 

carrier_upどういうことかを分かりやすく説明するために、ある人が出世街道を駆け上がっていくと仮定して、その出世街道を「前半」と「後半」に分けるとします。

 

 

出世街道の前半、つまりキャリアプランをスタートしたばかりの頃は、自分も下っ端のペーペーの新人ですが、周りにいる人間も大体そんなようなもののはずです。こうした状況では、周りにもそれほど優秀な人間はいないはずなので、周囲から話を聞いてもあまり参考にはなりません。

また、この時期は扱う仕事の内容も単純だったり、関係する分野が限られていて自分の専門知識だけで乗り切れたりすることが多いかと思います。

 

よって「出世街道の前半(若い頃)は、独断で行動するのも大いに合理的なのではないか?」というのが、私の推測です。

 

一方、出世街道の後半を考えて見ましょう。順調に昇進を重ね、給料も上がってきた頃です。ついそれまでの成功体験から、独断専行的なやり方を続けたくなりますが、ちょっと待って下さい。出世街道の後半は、前半とは大きく状況が違うのではないでしょうか?

 

たとえば、昇進を重ねると、自分と同じように昇進を重ねた同僚との付き合いも多くなってくると思います。こうした人たちは、自分と同じぐらいは優秀だと考えていいのではないでしょうか。少なくとも、新人時代に自分の周りにいた、どこの馬の骨とも知れない人たちと比べれば。ですから、こうした人たちの意見には、大いに耳を傾ける価値があるのではないでしょうか。

また、昇進を重ねて管理職になると、扱う業務も大規模化・複雑化が進んで来て、自分一人では面倒が見きれなくなってくると思います。自分の専門外の分野の知識を求められることも多くなってくるはずです。これもまた、自分とは違った専門分野を持っている人からの助言を必要としそうです。

 

つまり、出世街道の前半と比べると「出世街道の後半は、周りの意見をしっかり聞いた方がいいのではないか?」というのが、私の推測なわけです。

 

 

切り替えが下手な人たち

この仮説に従うと、自分の周囲に対するスタンスを「独断専行」から「周囲の意見を聞く」に切り替える、タイミングが重要ということになります。

 

switchこのタイミングこそが、本稿のタイトルにもある「出世街道上の転換点」というわけです。


 

 

猪瀬都知事は、転換が遅すぎた例ということになろうかと思います(そもそも転換の必要性自体認めなさそうですが)。猪瀬都知事は元作家ということですが、作家がおおむね一人でできる仕事なのに対し、政治家は明らかにそうではありません。報道を見聞きしていると、猪瀬都知事の失脚の原因は、どうもこのあたりにあるような気がします。

 

一方、意外と多いんじゃないかと私が思っているのは、転換が早すぎて埋没してしまうタイプです。周囲の意見を聞きすぎるあまり、足を引っ張られてしまったり、決断が遅れてせっかくのチャンスを逃してしまったりという具合ですね。こうした人たちはそもそも出世しないので、世の中に実は多くても見えてこないのかもしれません。

 

しかし、合議制が抱えるそうした問題点を自覚して独断専行で成功した人でも、成功体験を忘れて切り替えることができず、失脚していくという例もよくみかけるので……合議制それ自体が絶対に悪いというわけではなく、使う側の人間の問題ではないかな、という気はします。

 

 

まとめ:臨機応変に(投げやり

まとめると、合議制と独断専行は、場合に応じて適切な方を選択するのがいいんでないかな、ということになるでしょうか。

 

……なーんて言うと、また「若者に都合の良い話をしやがって」なんて言われそうな気もしますが

(^^ゞ

 

聞きようによっては「若者は突っ走り、老人は追認しろ」と言っているように聞こえなくもないですからね。

 

youngs_are_runningでもそれはそれでいいんじゃないかと思ったり……

 

 

いえ、このへんにしておきましょう。ではでは。