dark_forest2歩いた。私は歩き続けた。

 

雑木林に囲まれた道には人影一つなく、ただ時々、自動車のヘッドライトが現れては消えるばかりだ。

 

時刻は午前二時を回った。自宅まではおよそ五キロといったところか。このままでは帰り着くのは三時を過ぎるだろう。

 

しかし、私はくじけずに歩き続けた。

 

 

暗夜歩行路(前編)はこちら

 

*この文章はほぼおおむね大体ノンフィクションです。

 

Plain,Field, or Soil…?

不意に、暗くて薄ら寂しい雑木林が、私の前で途切れた。

 

代わりに眼前に広がったのは、黒々として肥沃そうな土に覆われた、広大な農地だった。

 

季節は晩秋。どうやらこの時期には作物を育てていないと見え、農地はほとんど空っぽ、土が広がるばかりだった。ずっと向こうにはやはり雑木林が見えるが、気にもならないぐらいに遠い。

 

農地を抜ける一本の道を、私は歩き続けた。こういう風景は、英語ではなんというのだったかな……Plane……? いや、それは飛行機だ。平地はPlain。あれ、でもFieldではどうかな? Soil……これは土という意味だから、違うかな。

 

植えてある何かを保護しているのか、一部の畝(うね)には白っぽいビニールシートが被せてあった。それが微かな星と月の明かりの下で、黒っぽい土に映えて非常に良く見えた。距離が遠くてもはっきりと見える。星明かりだと、色によってこんなに違いがあるのかと私は思った。

 

歩いているうちに、私はその頃読んでいた、第二次世界大戦のとある戦記を思い出していた。

フランス解放作戦の前夜、上陸部隊に先立って、ドイツ軍が支配するフランスへとパラシュートで降下していった、アメリカをはじめとする連合軍兵士たちの話だ。夜の闇に乗じて降下したまではよかったが、米兵たちは降下中に風に流されるなどして混乱し、真っ暗な中で見知らぬフランスの土地をさまよった。

 

北フランスの海岸地帯には、森もあれば平野もあり、川もあれば、危険な底なし沼もあったという。川や沼は見当たらなかったが、(小さくはあれど)森と平野なら私の目の前にもあった。敵にも味方にもなった、夜の闇でさえも。

 

もっとも、私の歩く道を照らしてくれるのと同じ街灯など、彼らにはなかったし、そもそも彼らは新月を選んで降下したというから、その時の私が経験したより遥かに光量は劣っていたはずだ。

 

というわけで、もちろん比較になんかならないのだが、星明かりの下の広大な平野、そしてその向こうにある雑木林を見ると、私はなんだかフランスに降下した兵士たちを思わずにはいられないのだった。

 

 

現代へようこそ

三十分ほど歩き続けると、私は1944年のフランスから、現代の日本へと戻ってきた。

 

night_street大きな幹線道路に出たのである。まだ周囲は畑であるものの、ここに沿って歩いて行けば、見知らぬ土地を抜けて、来たことのある土地に出られるはずだ。

 

 

……もっとも、来たことがあると言っても自転車や自動車で、の話であって、歩くとなるとまだ家までけっこうな距離があるのだが。

 

ともあれ、そんな片側二車線の幹線道路を歩いて行くと、コンビニを発見した。

いかに日本のコンビニといえど、さすがに雑木林や農地の真ん中に店舗はなかった。これ幸いと、私は温かいコーヒーでも飲むことに決めた。

 

しかし、何を隠そう、私は深夜のコンビニに入った経験があまりなかった。ましてや、農地の真ん中にある幹線道路沿いのコンビニに、深夜に徒歩でやってきたことなどなかった。というか、そんな人間は普通いない。どう考えても怪しい。どう見ても不審者である。

 

まあ、入店した瞬間にらまれるぐらいのことは覚悟しつつ、私は勇気を出してコンビニの自動ドアをくぐった。

店員は二人いて、一人は中年女性、もう一人はいかにもな若い男性であった。深夜帯もちゃんと二人配置するとはなかなか行き届いているではないかと、私の中でこのコンビニチェーンの評価は上がった。

 

探すまでもなく、店に入って正面に温かい飲み物のコーナーがあった。私はさっと目の高さの棚を見渡し、お気に入りの「ジョージア エメラルドマウンテン」を手に取る。温かい。というか、熱いぐらいだ。私は猫舌なので、缶の熱で体を温めてから飲むのがよさそうだと思った。

 

商品整理をしていた中年女性に声をかけて、会計してもらった。彼女は私を不審な目で見ることもなく、とても礼儀正しかった。帰りがけに「お気をつけください」と声をかけさえしてくれた。予想もしない厚遇ぶりで、まだまだ歩かなければならない私にとっては、大変励みになった。

 

 

終幕は近し

缶コーヒーを飲み干すと、私は徒歩行を再開した。

 

と、そこで初めて気づいたのだが、この幹線道路、車道には街灯があるものの、なんと驚くべきことに歩道にはそもそも街灯がない!

そのせいで、腰ぐらいの高さまである生け垣が恐ろしく見えづらくなっていた。一度などは、もう少しで正面から突っ込んでしまいそうになった。いやはや、どうやらこの道路は夜間に歩行者が通ることを全く想定していないようだった。

 

ともあれ、さらに歩き続けて、丘をいくつか越えると、ついに見覚えのある住宅街にたどりついた。時刻は三時近い。辞書的には「未明」に入ってもおかしくない時間だ……いくらなんでも夜明けまでには家に着きたいので、私は先を急いだ。自宅までは、大体三キロを切っていたと思う。

 

途中、駐車場で車を降りる人を見かけた。私にとっては、およそ一時間ぶりに出くわす歩行者だった。あまりにも歩行者と出会ってなかったので、車のドアを閉める「バタン!」という音に、一瞬びっくりしてしまった。

 

また、24時間営業の牛丼屋も見かけた。私は、日の出直後の早朝牛丼というのはやったことがあったものの、未明牛丼というのは未経験だった……が、別にさして経験したくもないので、先を急ぐことにする。

 

ここまで来れば、自宅はすぐだった。歩行者もちらほらと見かけるようになる。長かった旅の、終幕は近い……

 

 

帰宅 / 後書き

そしてついに、私は自宅へと帰り着いた。時刻は午前三時半。出発した時には「三時には着けるかな」と見立てていたので、実に半時間、25%というひどい誤算だ。だがまあ、夜明け前に帰宅できたので、よしとしよう。

 

そのまま布団に倒れ込もうかとも思ったが、ちょっと考えて、律儀に風呂に入ってから寝た。その時、枕元の時計を見ると、時刻は午前四時……長かった夜が終わった。

 

 

まあ、酔った勢いもあったのだが、自分がどれだけ歩けるかを知ることのできた、良い機会だった。もっとも、帰宅直前には腰も足も痛み始めていたので、もう少し距離が長かったら危なかったかもしれない。現に、2日後ぐらいにはなぜか腰がヒリヒリと炎症のように痛み始めた。

 

始めた当初は良いアイデアに思えたものの、振り返って見れば二度とやりたくないと思えた。まだ秋だったから良かったものの、寒い冬に、人気の無い雑木林や農地で行き倒れていたら、ガチで命が危なかったかもしれない。

 

ま、命があったので良しとしよう。何事も経験である。まる。