表題の通りです(ネタバレ全開です)。

(*2013/08/24 追記)

 

「こんなもん俺が書くべきじゃねえなあ」と最初は思っていたものですが。
しかし、鑑賞後に「ところで他の人はどんな風に見たのだろうか」と、それまでネタバレを恐れて一切見ていなかったネット上のレビューを見るにつれ「俺が書かなきゃ誰が書く」に変わってきたのですから、なんともまあ、私は救いがたい人間です。

 

というわけで、以下、ネタバレ全開でやっていきます。

 

話の主な流れ

宮崎駿監督作品「風立ちぬ」は、第二次世界大戦における日本帝国海軍の主力戦闘機「零戦」の設計主任、堀越二郎の半生を、大胆に脚色して描いた映画です。

 

ちなみに、この「零戦」ですが、出現当時は米英軍機に勝るとも劣らぬ高性能で、開戦前まで「ロシアと戦争して勝ったとはいえ、まだまだ日本はド田舎の遅れた国だ。優秀な戦闘機など作れるわけがない」と舐めまくっていた米英は驚愕。
米軍が本気を出してからは追い詰められていくものの、零戦とそのパイロットたちは、戦争全期間を通じて日本を支え、戦後世界が人種平等に向けて歩み始める上でも一助となりました。


さて、物語は二郎(彼は作中でほぼ例外なく「二郎」と呼ばれるのでこの記事でもそのように書きます)の幼年時代から始まるのですが、最初からいきなり、二郎の夢の中の世界から始まります。

 

その後も、二郎の夢の中は作中で繰り返し描かれます。その夢の中で、二郎は「カプローニ」という壮年のイタリア人設計技師と繰り返し会い、人生の節目節目で、印象的な言葉を託されます。
この邂逅は見かけ以上に二郎の人生に影響を与えたようで、たとえば二郎が飛行機の設計技師を目指すきっかけになったのも、夢の中でのカプローニとの出会いだったように描かれます。

 

その後、関東大震災を経て、二郎は三菱の飛行機部門に入社。上司から目をかけられるも、最初に一部の部品を手がけた飛行機は、テスト飛行中に墜落。


小型機の仕事は当分回ってこないだろうから今のうちに技術導入をという社の方針で、二郎は同僚らと共にドイツへ。
その前後で二郎は、日本がまだまだ西洋列強に比べて遅れているということを思い知らされます。作中で印象深く描かれるのは、工場から飛行場まで、試作機を牛で引いて輸送させている日本の後進性や、日本では高価なジュラルミンを、暖房器具にまで使用できるドイツの豊かさ。世界恐慌後の不景気もあって、お腹いっぱい食べられない子供がいる日本の貧しさ。にも関わらず、巨費を投じられて欧州まで留学し、戦争のための飛行機を作る自分たちの矛盾……。

 

日本では、日露戦争に勝利したのをきっかけに日本は欧米列強に追いついたかのようなイメージがありますが、実際には全くそんなことはありません。
一時期よくTwitterなどで流れていた「四天王ネタ」ではありませんが、言ってみれば、日露戦争当時のロシアは、列強の中で「最弱」に近かった国でした。そのロシアに(当時世界最強だったイギリスの全面的な支援を受けて)一度勝ったところで、日本の地位は列強の一番下がいいところ。列強の中でも上位のイギリス、ドイツ、アメリカなどに比べれば国力の差は明らかで、まだまだ日本は貧しかったのです。

 

帰国後、二郎は大抜擢を受け、新型戦闘機の設計主任に着任。
仕事に打ち込む二郎の目にも、気合いが感じられました。私はその目つきから、いい飛行機を作れるようになれば、日本も豊かになれるのではないかという、二郎の希望が感じられる気がしました。
しかし、二郎が精魂を傾けて設計した飛行機も、試験飛行中に墜落。

 

傷心の二郎は、避暑地に静養しにやってきます。そこで謎めいたドイツ人「カストルプ」と出会いますが、この人は後に反ナチのレジスタンスか何からしいというのが分かったりします。
さらに二郎は、震災の時に助けた少女、里見菜穂子と再会。二人は惹かれ合い、婚約します。しかし、この時すでに菜穂子は結核にかかっていました。

 

仕事に復帰した二郎は、特高警察にあらぬ疑いをかけられたために、上司の家にかくまわれることになるものの、そんなことは気にせずにひたすら仕事に邁進。療養中の菜穂子との文通も続けます。
が、その菜穂子が吐血したという電報を受けて、慌てて列車に乗って東京の彼女の自宅へ。しかし、会ってすぐに峠を越したことを確かめると、仕事のために夜行列車で会社に(名古屋だったかな?)舞い戻ります。

 

その後も、菜穂子の症状は悪化するばかりで、結局、二人は結婚して一緒に暮らし始めます。しかし、二郎はことある毎に菜穂子を気遣う素振りを見せるものの、仕事を減らしたりしようとは決してしません。


このあたりの描写が一部で議論を呼んでいるようなので、後に詳述したいと思います。

 

死期を悟った菜穂子は、死を見られまいとしたのか、家を出ます。二郎はそれを悲しみますが、やはり仕事に注力し、ついに試作戦闘機が完成。それは、後に堀越二郎が「零戦より好きだった」と語った九試単戦でした。
試作機のテスト飛行は順調に終わり、二郎は口々に同僚たちから賞賛されます。

 

そしてラストシーン……映画のラストは、夢の中のカプローニとの会話で締めくくられます。

 

「最後はズタズタでした」
「それはそうだ。国を滅ぼしたんだからな……あれが君の仕事か。ゼロだ」
 遠くを飛んでいく零戦。
「美しい飛行機だ」
「……一機も戻りませんでした」

 

もう号泣するしかなかったですね、私としては。

 

なぜ飛行機を作るのか

人によって色々な解釈が可能な映画で、私の解釈もまた、他の誰とも違うのではないかと思います。

 

私には、二郎は自分の作った飛行機が、日本を豊かにする一助になるのでは、と淡い希望を抱いていたように思えます。


主にクリエイターの皆さんから「風立ちぬは社会的にどうこうとか考えず、作りたいものを作らずにはいられない、エゴイスティックなクリエイター魂への賛歌と悲哀を描いたものだ」という声が上がっていますが、私はこれはとても疑問に思います。

 

たとえば、映画の序盤、カプローニが夢の中でこう言っています。「今は爆撃機を作っている。が、戦争はいつまでも続かない。戦争が終わったら、これを作るのだ……」幼い二郎に旅客機の内装を見せながら「どうだ、豪華な内装だろう?」

 

ドイツ派遣の前後にも、二郎が貧しい子供に施しをしようとして逃げられ、話を聞いた同僚から「偽善だ」となじられる場面や、ドイツで試乗した大型機を指して「(翼の中に座席があって、窓から外の景色が見えるなんて)爆撃機にするには惜しい」と発言するなど、飛行機を世の中の役に立てることに、二郎は、というよりこの映画は、それなりに関心を持っていたように見えます。

 

こうは考えられないでしょうか。二郎は、日本が世界最先端の飛行機を作れるようになれば、そこを足がかりみたいなものにして、日本全体が豊かになっていけるかもしれないと、淡い希望を抱いていた、と。これらのシーンの意味を考えると、そう考えるのがもっとも妥当に思えます。

 

「昔は良かった」ではないけれど

もう一つ、この映画で焦点になるのは、二郎と菜穂子との関係です。

 

二人は堅く愛し合っている夫婦ですが、現代人の感覚からすると、二郎はしばしば仕事に注力しすぎて、病気の妻を顧みない薄情な男に見えます。

 

この見方は一定程度当たっているでしょう。現代の感覚からすれば、二郎は間違いなく薄情です。

 

しかし、こう考えてみることも必要ではないでしょうか。

もし映画とは逆に、二郎が病気の菜穂子のことが頭から離れなくなって、仕事を放り出して四六時中看病に没頭するようになっていったら。
あるいは、菜穂子が仕事ばかりしている夫に不満を漏らし、罵倒するようになり、そのせいで二郎の精神が乱され、仕事が滞るようになったとしたら。

 

二郎の「美しい飛行機を作る」という夢は、実現できていなかったかもしれません。

 

日本が世界に誇る「零戦」は、生まれていなかったかもしれないのです。歴史は大きく変わっていたかもしれないのです。

 

菜穂子が仕事に没頭する夫を優しく受け入れたのは、夫の夢を自分の夢と考えていたからでしょう。しかし、菜穂子がもし、そういう女性でなかったら……

 

答えの出ない問いではありますが、そういう視点も必要ではないでしょうか。

 

「モエない」映像表現

ラストシーンの感想を述べる前に、映像表現についても少しだけ触れておきたいと思います。

 

本作の映像表現は「大人しい」の一言です。特に飛行機についてそれが顕著です。例外として、関東大震災のシーンだけは、面食らうような誇張した表現が使われますが、それ以外は本当に、わざとトーンを何段も落としたような大人しい表現が目立ちます。宮崎駿監督の真骨頂と言われた、飛行機の飛行シーンでさえそうです。

 

この点を指して「つまらない」「感動できなかった」とする向きもあるようですが、私は「あえて大人しい表現にしている」とする意見に賛成です。

 

映像作家の方は特にそうなのかもしれませんが、クリエイターというのはついつい扇情的な表現を用いがちです。
しかし、たとえば実際の戦争などは、娯楽映画で見るほど派手な光景はありません。ミサイルを被弾して爆発炎上する飛行機など、青空にできた小さな黒いシミにしか見えませんし、周りから慕われている指揮官も、話の山場とは全く関係ない、取るに足らないような出来事であっさり死んでしまったりします。それが現実の戦争です。

 

話を作る側としては、戦争の実体を伝えるため、扇情的な表現を抑えるべきかどうかで悩むことがしばしばあります。

 

おそらく、本作で映像表現が大人しかったのは、最初から最後まで首尾一貫して「非現実的な扇情表現は出さない」という方針を貫き、観客に媚びない態度を示したかったのだと思います。

 

 

ただ、映像についてはもう一つ、気になる場面がありました。

 

映画の序盤、十歳ぐらいの少年だった二郎が、三人ほどのいじめっ子と対峙する場面があります。
そこでのいじめっ子は、最初は二郎を脅すような言葉を口々に言うのですが、途中から彼らの声は、がみがみという声にならない声になり、内容が聞き取れなくなるのです。
彼らは体を揺らし、顔を怒りに歪ませて、声を上げますが、何を言っているのかさっぱり分からず、そのまま二郎につかみかかってきました。

 

見た当初、はて、これはどういう表現なのだろうか、と思いました。確かに、私も数人の物わかりが悪い人と口論になった時、似たような光景を前にした経験はあります。

 

しかし、それを映画にして表現する意図とは……?

 

が、その後、映画の中盤過ぎあたりのシーンで、二郎が設計主任として、関係各所に挨拶に回る場面が出てきます。
この時、発注元(今で言う「クライアント」)である海軍の士官たちとも面会するのですが、そのシーンの海軍士官たちが、がみがみと声を荒げる、あのいじめっ子たちと全く同じ描かれ方をしているのです。

 

見比べてみれば、酷似した描写であることが、はっきり分かると思います。

 

その意味するところは、もはや私が言うまでもなく、一つしかないと思われます。

 

衝撃のラスト

そして、ラストシーンについては、私はこう考えています。


あれは「頑張ったけど、何もできなかった」という、挫折、一種の敗北宣言ではないでしょうか。

 

自分のしていることが、世の中を良くすると信じ、家族を犠牲にして、国民の血税を背負って、自分に与えられた仕事を、全力でやり遂げた。


その結果、世界のどの国にも負けないような飛行機ができて、多くの人から手放しで賞賛された。


しかし、それだけのことを成し遂げても、迫り来る破局を回避するには、何の役にも立たなかった。

 

あのラストシーンは、そんな敗北感の表現ではないかと私は思います。

 

反論不可能な理論は(

ただ、この解釈だと、一つ大きな謎が残ります。


それは菜穂子です。この解釈だと「家族を犠牲にして社会のために働いた昭和の男」を表現するためだけに出てきた、ある種の人形ということになってしまいます。しかし、宮崎駿監督がそんな表現を意図するとは思えませんし、映画の中での菜穂子の存在感も、非常に大きなものなので、上記の解釈に対する有力な疑問となり得ます。

 

……まあ、私としては、実際、菜穂子は何のためにあそこまでの存在感を持たされていたのかよく分からなかったというのが、正直な感想なのですが。しかしそのままだとそれこそ感想文として敗北宣言になってしまうので、ちょっと予備的に補足しておきます。

 

菜穂子の存在意義を重視するなら、先ほどの「この映画はエゴイスティックなクリエイターへの賛歌と悲哀だ」という意見が頭をもたげてきます。

 

振り返ってみたいのですが、二郎が飛行機の設計に携わるようになってからの物語は、次のように進みます。

 

・独身男の二郎、大抜擢されて試作戦闘機を設計
・しかしあえなく墜落
・傷心を抱えたまま静養に来た宿で菜穂子と再会・婚約
・菜穂子と暮らしながら、新しく試作戦闘機を設計
・大成功

 

これを見ると、菜穂子と婚約する前の仕事は失敗に終わっているのに、菜穂子と婚約してから手がけた仕事は大成功している、という風に「菜穂子との婚約が大きな転換点になった」とも受け取れる構成であることが分かります。

 

だとすると、こういう解釈が考えられます。

 

 

二郎は、菜穂子と再会する前は、日本全体が貧しい中で、自分本位で仕事をしてはまずいという罪悪感があったのか、自分の仕事に社会的・歴史的意義を求めていた。が、それが雑念となって仕事に現れ、成功できなかった。
しかし、菜穂子と婚約してからは、自分を全肯定してくれる彼女の存在に励まされて、社会的・歴史的意義など考えずとも、自分の好きなことに熱中できるようになり、憑きものが取れたとでも言うべき状態になって、素晴らしい仕事ができるようになった(しかしそれはクリエイターのエゴでもある)。

 

 

つまり、菜穂子の存在を重視することは「クリエイター」の解釈への有効な補強材料となるのです。

 

もっとも、私としては、菜穂子と婚約する前の「貧しさ・豊かさ」のシーンをより重視する立場から、この考えにはやはり賛同できないのですが。
ただ「貧しさ・豊かさ」のシーンは菜穂子との婚約後には一切出てこないので、菜穂子との再会を機に二郎の心理が大きく変化したという解釈は、それなりにもっともらしい気もします。

 

まあ、もしかしたら、私が気づいていないだけで、上記した二つの解釈よりも、もっと妥当な解釈がどこかにあるのかもしれませんね。

 

*なお、本記事の執筆にあたっては砂義出雲先生の「一人のクリエーターによる視点からの宮崎駿監督「風立ちぬ」感想」を一部参考にしました。この場を借りてお礼を申し上げます。

 

2013/08/24 追記:菜穂子の存在理由が分かったかも

ふっとこのレビューを自分で読み返していたら、以前「菜穂子が出てきた理由がよく分からない」と書いたのですが、ふと菜穂子が出てきた理由が分かった気がしたので、追記したいと思います。

 

菜穂子の最大の見せ場は、ラストシーンで挫折に打ちひしがれる二郎に「生きて」と告げるシーンです。

 

ここでの二郎の立場を考えてみると、戦争のために狂っていく世界の中で、精一杯やってきた、その結果何もできなかった、しかも悪夢のような戦争に協力した技術者という扱いを受けることになってしまったという、散々な立場だったわけです。

 

でも、そんな二郎に菜穂子は「生きて」と言います。

その意味はきっと「みんなが知らなくても、私はあなたが善良な人間だったことを知っている。狂っていく世界の中で、精一杯頑張ったことを知っている。だから生きて」ということだったのでしょう。

 

そしてこれはおそらく、観客に向けたメッセージでもあるのだと思います。

監督の宮崎駿氏は筋金入りの左翼ですが、同時に左翼運動の挫折と衰退を生々しく見てきた世代でもあります。

私自身も(にわかではありますが)左翼ですが、自分の周りの大切な人たちを守って生き抜くために、仕方なく資本主義社会に迎合している大多数の可哀想な労働者たちに「帝国主義者の犬!」と罵声を浴びせて来た、とても労働者の味方とは思えない人たちには、憤りを禁じ得ません。

 

そして、監督はこの作品のラストで、そんな労働者たちに罵声を浴びせる代わりに「生きて」と伝えたかったのではないかと思います。

今、日本にはあの事故の後もなお原発を推進させようとしている人たちや、大企業の利益を守るために労働者を切り捨てようという動きが日に日に勢いを増しています。

しかし、そういう動きに荷担している人たちですら、一人一人は実はとても弱い立場にいて、自分や、自分の周りの大切な人を守ろうと必死になっているのだと思います。

そこでこの映画は、たとえあなたたちが卑劣なことをしていても、自分にはあなたたち一人一人を罵倒する気はない、自分はあなたたちが善良な市民であることを知っている、だから「生きて」と伝えたかったのではないでしょうか。

 

そうだとすると、菜穂子はやはり非常に重要なキャラクターだったということになるわけで、最初に書いたレビューでこの点を認識できなかった自分の不明を、ただただ恥じるばかりです。

 

 

おまけ:あるアニメーターの生涯

さて、おまけとして、とあるアニメーターの話をしたいと思います。実名を出すと支障があるかもしれませんので、Mさんとしておきましょうか。

 

Mさんは幼くして終戦を迎え、貧しかった頃の日本に生まれ育ちました。絵がとても上手く、漫画好きの少年でした。


成長したMさんはアニメーターになることを決意します。今となっては、当時のことはあまり語られませんが、もしかしたら「日本を、アメリカのディズニーを倒すような、すごいアニメを作れる国にしてみせるぞ」という野望を持っていたかもしれません。まあ、そこまで考えていなかったとしても「いいアニメを作りたい」という夢を持っていたのは、後のMさんを見れば明らかでしょう。

 

Mさんは仕事に没頭します。結婚して子供ももうけますが、ほとんど家に帰らないこともあったといいます。お子さんの一人などは後に「母子家庭に近かった」とまで語ったと言われるほどです。

 

そうして努力した甲斐があって、Mさんは素晴らしいアニメ映画をたくさん作り上げ、多くの人々から賞賛されます。
Mさんは映画の中に、独特のメッセージを込めていました。こんな悲劇が起きないように、あるいは、こんな素晴らしい世界が現実になるように、と……

 

しかし、ある時、大きな地震が起きて、原子力発電所が……