筆者独白「こんな記事を書くやつも可哀想だよなあ」

えー、何の前触れもなく始まりました。「2012年度 KAWAISO OF THE YEAR」。

 

これは、2012年を通して、もっとも可哀想だった個人・団体などなどを勝手に表彰してしまおうという企画です。

言うまでもないことですが、審査は神無悠樹の独断と偏見に基づいて行われます。

(写真は一切関係ありません)

なお、ここで言う「可哀想」の定義とは

 

「そのものの発生、勃発、言動、存在、あるいは置かれた状況の持つ深刻な意味を理解しておらず、または理解されておらず、結果的に将来、その主体もしくは周囲が激しい後悔に襲われる可能性が高い」

 

という意味で用いております。うん。自分でも書いていて意味不明です。

まあ、さっそく行ってみましょう(以下の記事では敬称を省略させていただきました)。

 

 

団体部門 「十代の若者(日本)」

 

若者団体部門に輝いたのは、十代の若者(日本)です。

政治家や大企業の経営者が私腹を肥やすことしか考えていないために、お先真っ暗な彼ら彼女らにはぴったりの受賞と言えるでしょう。

十代の子供を持つ親御さんも他人事ではないですね。立ち上がるなら今しかないですよ。


 

特に今年は、いじめ問題をきっかけに教育現場への警察の介入が始まるという出来事がありました。

いえ、いじめ(というより、もはや「学園犯罪」と言うべき一連の事件)は深刻な問題であり、加害者は法に基づいて処罰されるべきだという点に異論はありません。

 

が、ここで私は、彼ら十代の若者に選挙権が与えられていないという点を指摘させてもらいます。

権利と責任は不可分のものです。権利を与えずに責任ばかり押しつける教育をしていたら、指導的地位に登り詰めることは損ばかりだということになり、リーダーシップは育たないでしょう。

しかし、今や大人と同等の刑事罰を受ける可能性が強まった十代の若者に、選挙権を与えようという声はあまり大きくありません。

 

このようなおかしな国が民主主義国を名乗っているのですから「デモクラシー でも暮らしーは よくならない」のも無理はないでしょうな。

 

若者の武装蜂起を応援する明確な意図を持って、私は彼または彼女らにKAWAISO OF THE YEARを送りたいと思います。

 

個人部門「石原 慎太郎」

石原慎太郎

今年は並み居る強豪を抑えて、「石原 慎太郎」が受賞となりました。

他に「安倍 晋三」「小沢 一郎」などの候補がいたのですが、安倍氏は来年度の超有力候補ということで期待を込めて保留、小沢氏は選挙でぼろ負けしたことと、選挙の時に掲げた公約自体はまあまあだったことから免責とさせていただきました。

 

え? 石原氏の受賞理由? ぐぐってください。言いたくありません。

 

 

 

 

その他部門 「東京スカイツリー」

東京スカイツリー

意外かもしれませんが、その他部門では、今年開業した「東京スカイツリー」が受賞となりました。

 

いや、だってさ。原発事故で放射能が怖くて避難している人だっているし、東京都民の中でも富裕層と貧困層の格差は拡大しているっていうのに、前からの予定だったからと言ってしれっと開業しちゃうなんて、神経おかしいでしょ? そんなに上から人を見下ろすのが楽しいのかね?

 

「電波塔だから必要なんだ」って言う人もいるかもしれませんが、スカイツリー一本で日本全国カバーしてるわけじゃないですよ? もっと地味なタワーにしたってよかったじゃないですか。馬鹿馬鹿しい。

 

大賞 「日本国民」

皇居前広場に集結する日本国民

まだ続けるのかと方々から呆れる声が聞こえそうですが、やります。

 

栄えある2012年度 KAWAISO OF THE YEAR、大賞に輝いたのは、ずばり、「日本国民」です!

(写真はWikipedia ぱたごん様より。2013/01/01閲覧)


 

原発建設を推し進め、日本経済を疲弊させ、あまつさえ「お金いっぱい刷れば景気よくなるよ」とか「中国との関係を改善するために日米関係を改善するよ」と将来に渡ってとんちんかんなことを言う連中を政権に戻してしまうなど、これが可哀想でなくてなんなのか。

 

自分をいじめるいじめっ子を学級委員に推薦するようなものであり、これほど権利意識に欠けた有権者も珍しいでしょう。

 

可哀想ですね。可哀想すぎる。何が可哀想かと言えば、国民が参政権を行使できるのは選挙の時だけだという、誤った考えを信じ込んでいることでしょう。

 

今の日本は、政治制度を改革しなければ変わりません。大企業の利潤が国民の幸福を保障できなくなった今、大企業の声を代弁するように作られた、日本の政治制度は時代遅れになっているのです。国民一人一人の多様な幸福を強力に保障する新しい国を作るためには、まずは政治制度から変えなければならない。しかし、既存の政治制度の上に乗っかっている人たちが、自分で自分が立っている土台を壊そうとするでしょうか? それは望み薄というものです。

 

で、あれば、選挙以外の手段によって政治制度を変えるしかありません。そこに、武力革命が肯定される余地が生まれるのです(まあ、平和的に労働者への権力委譲が行われ得るなら、それに越したことはないけどね)。

 

 

総括

 

自分で書いててあれですが、嫌な響きですね、総括って……

 

さて、皆さん。どうでしたか。可哀想界(*注:そんなものはない)の現状が分かっていただけましたでしょうか。

 

もちろん、ここで受賞とはなりませんでしたが、世界には可哀想な人がたくさんいます。

発展途上国の貧しい人たちはもちろん、先進国の中でも貧困層は年を追う毎に拡大しています。

 

何かのきっかけがあるたび、世界の「可哀想」に思いを馳せてみてください。

 

それでは、また。