games_beyond_real最近私は、MOBAと呼ばれる、新しいジャンルのゲームにはまっております。

 

そんな中でふと「ひょっとして、MOBAの流行は、ゲームの歴史にとって重要な転換点と受け取ることも可能なのではないか?」と思うようになりました。

 

今回は、これまでふわふわしていたその考えを、ちょっとまとめてみたいと思います。

 

 

これまでのゲームは「現実のデフォルメ」だった

お察しの通り、ゲームといっても色々あります。私は、メジャーなゲームについては一通り知識を持っているつもりではありますが、もちろん全てのゲームを把握しているわけではありません。

 

その点を差し引いて受け止めてもらわねばなりませんが、ただ、一つの大きな傾向として、これまでのゲームの多くは「現実のデフォルメだった」ということは、言えるんじゃないかと思います。

 

「デフォルメ」という言葉は「対象を変形・歪曲して表現すること」とされ、特に日本語では、対象の特長を誇張、強調しつつ全体を簡略に表現する、という意味です。

 

「ゲームが現実のデフォルメだった」というのは「ゲームは、現実の面白いところを強調しつつ、つまらないところを簡略化することによって、楽しさを生み出してきたと言えるのではないか」という意味です。

 

たとえばシューティングゲームは、戦闘機パイロット(など)のつまらない部分(飛行機を飛ばすための基礎知識とか)をすっ飛ばして、面白い部分(敵の攻撃を避けつつ、敵を撃破する爽快感)だけを楽しめるようにした作品が、メジャーな人気を集めてきました。

 

アクションゲームやRPG、アドベンチャーゲームなどの多くもまた、現実とはまた少々違いますが、既存の(ゲームが発明されるより昔からあった)英雄伝や冒険譚が背景として存在すると言えます。そういった物語を、小説や映画といった、従来からあるメディアとは別の方法でもって追体験するメディアとして、ゲームがあったと思うわけです。

 

ストラテジーゲームやパズルゲームなども、従来から存在したボードゲームを、単純処理をコンピューター任せにすることによって新たな段階に引き上げた、という側面が強いように思われます。

 

日本では人気がありませんが、RTSというジャンルもあります。RTSは、現実の戦争と同じように、リアルタイムで時間が流れ続ける戦場で、軍隊の指揮を執るゲームです。これなどは、現実のデフォルメとして分かりやすい例でしょう。

 

今回の記事で重要なのは「これまでのゲームは現実(あるいは「既にそこにあるもの」)を元にして、それを変形することによって作られたものが多いのではないか」という点です。ここを念頭に読み進めてもらえればと思います。

 

MOBAは現実を元にしていないのではないか?

日本人にはまだまだ耳慣れないジャンルだと思いますが、最近、MOBAというジャンルのゲームが、海外を中心に人気を集めています。

 

MOBAはMultiplayer Online Battle Arenaの略です。まあ、略称を聞いただけではどんなゲームか分からないでしょう。

 

MOBAの元祖となった「Dota」のルールは以下のような感じです。

ゲームは5人対5人のチーム戦で行われ、一人が一体のキャラクターを操作します。

ゲーム中、戦場では相手陣営と自陣営の雑魚モンスターが、延々と戦い続けます。

プレイヤーが操作するキャラクターは毎回レベル1からスタートするので、ゲーム序盤は非力です。このため、雑魚を狩ってレベルアップし、ゴールドを稼いでアイテムを揃え、強くならねばなりません。

もちろん、相手チームも同じことをしようとします。そこで、自分が強くなるだけでなく、相手が強くなろうとするのを妨害するのも、重要になってきます。ただし、プレイヤーキャラクターのHPがゼロになっても、ゲームから退場するわけではなく、一定のペナルティを与えられただけで何度でも復活できます。

最終的には、育ちきったプレイヤーキャラクター同士の最終決戦となります。防衛設備に守られた、敵陣奥にある巨大建造物にダメージを与えて破壊すれば、勝利となります。

 

そんなMOBAを初めてプレイした時、私は「これまでプレイしたどのゲームとも違う」という感想を持ちました。まあ、新しいジャンルのゲームなんだから当たり前といえば当たり前なんですが、それにしても何か特別な違和感を感じたのでした。

 

で、しばらくプレイしていくうちに、その違和感を掘り下げていき、ふと思いました。「MOBAは、現実を元にしていない」と。

 

延々と戦い続ける雑魚、雑魚を狩って強くなる、何度でも復活する英雄、巨大建造物を破壊すれば勝利……こういった要素は、現実には見当たりませんし、物語とも、微妙に違うように思えます。

 

「現実のデフォルメ」であるゲームを、もう一度デフォルメしたのがMOBAではないか

しかしもちろん、MOBAが何もないところから出てきたというわけではありません。

 

MOBAが元にしているもの……それは、過去のゲームです。

 

MOBAの画面構成や操作体系、そして本陣を破壊されると負けという大目標は、RTSをベースにしています。一方、雑魚を狩って強くなる英雄というのは、言うまでもなくRPGです。倒されるとペナルティを与えられて復活する部分や、戦闘の際のスキルの撃ち合いなどは、MMORPGやハックアンドスラッシュ系のRPGに通じるものがあります。

 

従って、過去のゲームの部分部分をつぎはぎしたのが、MOBAだと言えると思います。

 

もうお分かりだと思いますが、私が今回、興味深いと思ったのは、これまで「現実のデフォルメ」だったゲームが、ついに「ゲーム自身をデフォルメしてゲームを作るようになった」ということです。

 

まあ確かに、これは、大したことではないのかもしれません。「現実のデフォルメ」が「現実のデフォルメのデフォルメ」になったところで、何の違いがあるのかという気もします。

 

しかし、考えようによっては、MOBAの登場と流行は、ゲームという文化が成熟しつつあることの、一つの表れのようにも思えるのです。

 

私は、MOBAが現実のデフォルメではなくゲームのデフォルメであることに気づいた時、ある逸話を思い起こしました。それは「道具を使う動物はいるが、道具を作るための道具を使うのは人間だけだ」という話です。

 

まあ、この話自体が下らないレトリックなんじゃないかという気がしなくもないのですが、それでも、単に道具を使うだけの動物よりも、道具を作るための道具を使う人間の方が高等だ、というのは分かります。

 

そういった話を思い起こしつつ考えると、これまで現実をデフォルメしてきたゲームが、さらに自身をデフォルメし始めたというのは、ゲームの、文化としての成熟を語る上で「ひょっとして重要な転換点なのでは……?」という、確信まではいかないものの、おぼろげな予感を感じさせる……と、私は思ったわけなのです。

 

「現実をデフォルメしたゲーム」は「現実」に関する知識があれば(大抵の人にはあります)比較的容易にゲームに入り込んでいけます。プレイヤーは現実に関する知識を元に「このゲームはここをこうするのが目的なんだな」などと見当をつけられるからです。

 

それに対し「ゲームをデフォルメしたゲーム」は、過去のゲームに関する知識がないと、ゲームに没入するのが難しくなります。つまり、ゲームに関する知識がある程度一般に浸透していないと「ゲームをデフォルメしたゲーム」はおそらくヒットしないのです。

 

にも関わらず、MOBAという「ゲームをデフォルメしたゲーム」がヒットしつつあるという現状は、ゲーム業界の隆盛を考える上で、非常に興味深いのではないか、なぜなら、過去のゲームに関する知識が一定程度浸透していることを示しているから……というわけです。

 

ただ、指摘しておかねばならないのは、MOBAの熱心なプレイヤーが、ゲームに対して真剣で熱心な「コアゲーマー」に限られている感があることです。これはMOBAが「ゲームをデフォルメしたゲーム」であることを考えれば当然ではありますが、ゲーム業界全体という視点で見ると、ゲームがある種の先鋭化を起こし、大衆から離れつつあるのではないかという仮説も成り立ちます。

 

この視点に立つなら、MOBAの流行は「ゲーム業界の成熟を表す指標」ではなく「ゲームが、一部の限られたコアなファン向けのニッチなものになっていく予兆」ということになります(ひょっとすると「その両方である」と言うこともできるかもしれません)。

 

まとめ:でも全然そうじゃないかもしんない

まあ、今回ここに書いたことは、自分でも与太話の範囲だと思います。「そんな気がするだけ」という話です。

 

でも、あと十年や二十年経って「思えばMOBAの登場と流行が転換点だった」とか語られるようになったら、私はこの記事を持ち出して「俺はいち早く気づいていたぜ」とか自慢してやろうかなとか、そんな風に考えています。