自分は逃げたのではないか――
 そう自問自答する日々が続きました。
 戦争は終わったのです――
 みなが口にする、その言葉が、私の耳にも届いてきました。
 前を向いて――
 未来を――
 しかし、そうするには、私が歩いてきた過去は、あまりにも凄惨すぎました。
 罪を償おうとは、思っていませんでした。とても償えない罪だと分かっていましたから。犯した罪に、あるいは、生きることができなかった人たちに、恥じないように生きようとは思いました。けれど、それがどういう生き方なのか、私には分かりませんでした。
 思えば、その時まで、私は場当たり的に生きてきました。
 癇癪を起こして学校を辞め、初めての海外旅行と空中散歩で熱に浮かされ、それが高じて飛行学校に入り、戦争の熱狂が求めるままに軍人となり、それから先は、流されるまま……戦ってきました。
 私のような若者は大勢いました――世界中に。が、戦争が終わった頃には、その数は減っていました。残った者も、みんな帰っていきます。家族の待つ故郷へ……平凡で懐かしい日常へと。私も、そう遠くないうちに、その列に加わるのでした。
 その時ほど、責任という言葉を痛感したことは、それ以前の私の人生にはありませんでした。
 過去に対する責任。
 未来に対する責任。
――神様なんて、楽な仕事じゃないか。
 私は、そう思いました。
――十字架を背負って、死ねばいいんだから。
――十字架を背負って、生きなきゃいけない人たちは、どうすればいいんだよ。

 

 一九四六年の初め、私は後藤に、アーリントン男爵邸にはもう行きたくない、と願い出ました。
 後藤は苦い顔をして理由を問いましたが、私は答えませんでした。
 それでも彼のことですから、嫌がっている人間を無理に行かせては、この種の任務には差し支えるとか、そういう理屈を自分でこじつけたのでしょう。その上で、急に行かなくなるのは不自然だから、少しずつ回数を減らすということで満足しろ、と言いました。
 そう、確か、本宮大佐が、司令部棟の前で私を呼び止めたのも、この頃のことでした。
「桐鞍……おい、桐鞍大尉」
「え……あ、大佐」
 気がつくと、後藤を連れた本宮大佐が立っていました。
「何が『あ、大佐』だ馬鹿者め。近頃の貴様、たるんどるんじゃないか。いつもぼうっとして」
「申し訳ありません」
「その殊勝な態度も解せん……まあいい。桐鞍。あれを見ろ」
 大佐はそう言って、いつだったか言い争いの種になった、三本の旗竿を指しました。相変わらず、一本には日章旗、もう一本に空軍旗、最後の一本は空です。
 一体何の話だろう、と思う私に、大佐は言います。
「いつまでも三本目が空のままでは、寂しいと思わんか」
「……は?」
「桐鞍。最近のお前はたるんどるようだから、任務を命じる。何か適当な旗を一枚選んで、掲揚係に、毎日掲げるように命じろ。旗の選定は貴様に一任する。以上だ」
 大佐はそのまま去って行きますが、後藤がそっと私に言います。
「大佐、見違えたなあ」
「は? 何がだ?」
「お前、最近ほんとにどうしたんだ……旗の選定、間違えるなよ」
 そう言って、後藤も小走りに大佐を追いかけて行きました。
 こうして、次の日から、三本目の旗竿に英国旗(ユニオンジャック)がはためくこととなりました。
 以前の私なら、驚き、感激したかもしれませんが、この時は、さほど感動を覚えませんでした。ただ、遥か頭上で風にたなびく旗を見て、自分も風になりたいとか、多感な少年みたいなことを考えました。