秋が過ぎ、冬が来ても、本宮大佐の白人嫌いは、完全にはなくなりませんでした。が、その後もたびたびアーリントン男爵邸を訪れるうちに、男爵の巧みな外交術や、スティーブたちの献身もあって、少なくともアーリントン男爵に関しては、大佐はまあまあ信頼を寄せるようになっていきました。
 私はというと、相変わらず、やることのない部下の不平不満の相手をするのが主な仕事でしたが、後藤が手を回したせいで、アーリントン男爵邸での会合などには、たびたび呼ばれて出て行きました。本職の通訳が後任として来ていたので、断ることもできたでしょうが、私がそうしなかったのは、もちろんシンシアのためです。
 ある日、こんなことがありました。私がスティーブを呼び止めて「シンシアはどこに?」と聞くと、彼は少々困った顔をして言いました。
「桐鞍大尉。失礼を承知で申し上げますが、日本におけるそのあたりの機微について、私は存じませんけれども、こと英国においては、あなたのような高貴な身分の方が、メイドと付き合いを持つというのは、何と言いますか」
「スティーブ」と、私は彼を遮ります。「僕は英国のことが好きだが、君たちのそういう階級制度みたいなものは、大いに問題があると思うね。それに、君はいつだったか言ったよね。『このご恩は必ず』って」
 こうして私は、職権を濫用してたびたびシンシアと会う機会を持ちました。が、シンシアの方はほとんど相変わらずで、話しかければ言葉を返してくれるぐらいにはなったのですけれども、その都度『今は仕事中ですから』とか『あなたの英語は訛りがきつくて分からないわ』とか適当な理由をつけて、なかなか踏み込んだ話にはならないのでした。

 

 そんなある日のこと。私は、ロンドンとポーツマスの惨状を目の当たりにすることになりました。
 私はその日、進駐軍司令部に用事ができて、吐炎に乗ってロンドンへ向かいました。幼少期に訪れたロンドンの街が、戦争でどの程度の被害を受けたのか、気が気ではなかった私ですが、空港に差しかかるにつれ見えてきたロンドン市の光景を見て、悔しさのあまり風防を叩きました。
「新国の野蛮人どもめ!」
 私は機上で叫びます。
「俺が石造りの街並みを空から眺めるのを、どれだけ楽しみにしていたことか……それをあいつらは!」
 ロンドン市の美しい街並みは、確かに原型をとどめている区域もありましたけれども、あまりにも広い地域が爆撃によってことごとく破壊され、跡地には未だにがれきの山があちこちに残っていました。ぽつり、ぽつりと、焼け上がって黒くなった壁面をさらしながらも運良く倒壊を免れた建物が、焼け野原の中に点在している様子が、また私の悲しみを強くかき立てます。テムズ川には、昔日は雄々しい姿を誇っていたであろう立派な鉄橋が、ひん曲がり、ぽっきりと折れ、崩れ落ちて、真ん中から川の中に沈んでいました。がれきをどけてどうにか確保した狭い土地には、廃材を寄せ集めて作ったような、みすぼらしい掘っ立て小屋がたくさん建てられて、市民たちはその中でどうにか雨風をしのいでいました。私がスティーブから聞いたように、食糧不足も深刻な問題になっていました。
 地上を行き交うロンドン市民には、戦災にも負けず生き抜こうとする英国人の強い意志も感じられ、私はそれはそれで感動を覚えましたが、総じて、私はロンドンを見て怒りを覚えました。同時に、深い後悔にも襲われました。自分は間違えようもなく、この惨状に手を貸したのです。新国の爆撃機を護衛して、英国本土に導いたのは、他ならぬ私でした。
 崩壊したロンドンの光景は、中帝の空襲を受けた北九州の比ではありませんでした。私は、日中航空決戦に勝利することができたのは、祖国にとって非常な幸運だったことを知りました。一歩間違えれば、日本もこうなっていたかもしれない、と。
 同時に、この経験は、私の将来の選択肢から、空軍に残るという道を完全に消し去りました。もうこんなことに手を貸すのはご免だと思ったからです。戦後かなり経ってから明らかになったこととして、日本はロンドン市民への化学兵器使用も真剣に検討していたという話もあります。真に唾棄すべきことです。

 そして、私のポーツマス訪問は、ロンドンからの帰路のことで、ほんの偶然によって起きたものでした。私が、ロンドンで見た光景のために胃をむかむかさせながら、吐炎を操縦して高崎基地に帰る途中、急に天候が悪化したため、やむを得ずポーツマス近郊の飛行場に退避したのです。
 着陸した時には、辺りはもう薄暗くて様子が分かりませんでした。が、天候が回復しなかったため、仕方なく私が飛行場で一夜を過ごして、朝が来ると……たった一発の爆弾が、ポーツマスに何をしたのかが、私の目にも明らかになりました。
 市街地が根こそぎ焼き払われ、平野のあちこちに粗末な小屋が建っているのは、ある意味、ロンドンとそう大して変わりはしませんでした。しかし、雲霞のごときバ-二九が、大量の爆弾を消費して、一夜をかけて焼き払ったというならまだ納得もできたものの、たった一機の爆撃機が、一発の爆弾で、一瞬にして都市を灰燼に帰したとなると、これはもう一国の興亡という話では済まされないことぐらい、私にも分かりました。
 私は飛行場に駐留していた日本の将校に話を聞きました。
「おい、ここがポーツマスなのか? 新型爆弾が一発だけ投下されたっていう、あのポーツマスなのか?」
「なんだ? あんた何しに来た?」
 わけを話すと、その将校は面倒くさそうに、焼け野原を指して答えました。
「そうだ。あれが原子爆弾の威力だよ」
「一体どうやって……」
「知らんよ。またどこかの頭のおかしい科学者が、迷惑な発明をしてくれたのさ」
「何人ぐらい死んだんだ?」
「噂では十万人ぐらいっていう話だが。でもな、爆撃から四ヶ月も経つっていうのに、今も病院で次々人が死んでるらしい」
「どうして?」
「これも噂だが……放射線とかいう、目に見えない光線のせいらしい。原爆は熱や爆風で人を殺すが、放射線も出す。たくさん放射線を浴びると病気になる。もっとたくさん浴びると死ぬ」
「……」
「あんたはいいよな」と、絶句している私に向かって、その将校は言いました。「今日にはここを離れるんだろ。俺は毎日、自分が病気になるんじゃないかって、びくびくしているよ」
 ポーツマスへの原爆投下による死者は、放射能症による死を含めて十五万人前後というのが通説です。当の原爆投下を実行した新大陸合衆国では、そのうち投下直後の死者である十万人弱程度という数値しか認めない人が、未だにしばしば見受けられますが、新国がこの姿勢を続けるなら、やがて高い代償を払うことになるでしょう。