正式に停戦となり、戦闘任務で出撃することもなくなった九月のある日、基地司令から私物をまとめる指示が出たので、私たちはやれやれようやく帰国かと思ったものでした。
 それだけに、これから君たちには進駐軍として英国占領の任に当たってもらう、と告げられた時には、特に部下たちは「え、それ、俺たちの仕事なの?」とでも言いたげに、呆然としていました。
 ともあれ、ぶつくさと文句を言う部下たちの尻を叩きながら、翌朝、基地を飛び立った私は、北フランスの飛行場で給油を受けた後、英欧海峡を越えました。
 私は吐炎の機上から、遥か下の英欧海峡を見下ろしていました。その時、私は幼少期からの夢が叶ったことに気づきました。飛行機に乗って、英国へ行く――しかし、そのために払ってきた犠牲は、どれだけ大きいものだったことか。こんな、飛行機なら一またぎで越えてしまうような、ちっぽけな海峡のために……。
 親愛なる我が友邦、新大陸合衆国の愛すべき軍人たちは、私たち日本人の担当地区に、イングランド西部という、控えめに言ってあまり重要でない地域を下賜されました。
 私たちが着陸したのは、田園地帯にある、旧英国陸軍航空隊の基地でした。付近一帯はアーリントン男爵領と呼ばれ、基地の名前もアーリントン基地と言いました。上空から見ると、領内を流れる川を中心に広がる低地には、実りの季節を迎えて黄金色の麦穂をたたえる広大な麦畑が広がる一方で、少し離れた丘の上には、鉄道の駅を中心に小規模な市街地が形成されていました。私はふと、学生時代に下宿した小さな町によく似ていると思いました。
 丘の上に築かれた飛行場に着陸すると、私は風防を開き、英国の空気を胸一杯に吸い込みます。季節は秋でしたが、まだいくらか日差しは強く感じました。
 私の手には、一つの懐中時計がありました。幼い頃、ロンドンの街で手を引いてくれた、あの女性に渡そうとした懐中時計です。何度か修繕を繰り返して、その時計は当時も現役でした。
 戦時中、私はいつも、地上に置いた小さくて頑丈な金庫の中に、この時計を入れて出撃しました。そうすれば、あの女性に守られて、戻ってこれるような気がしたからです。そして、実際にそうなりました。いつか、この時計を胸に抱いて英国へ行く――その夢は、いつだって私の心の支えでした。
 時計は私の手の中で、十七年ぶりに英国の空気に触れ、英国の陽光を浴びて輝き、そして、十七年前と変わらず、時を刻んでいました。
 違うのは、十七年前、世界は平和だったのに、この時、日本は勝者、英国は敗者だったことです。