今回「戦間期(三)」を掲載しましたので、この記事では、作中で描かれた世界史の元になった、1930年代、戦雲が急速に空を覆っていった時期の欧州情勢について、まとめていきたいと思います。

 

 

欧州情勢は複雑怪奇

さて「作者による解説(3-1)~世界恐慌と戦争への道~」の記事で、世界恐慌によりドイツのヒトラー以下各国に対外拡張路線をとる政権が誕生した、というあたりまで扱いました。

今回はその後、世界が、特に欧州が具体的にどのような出来事を経て戦争に向かって行ったか、をまとめたいと思います。

 

 

史実の日本の場合、話は単純で

 

日本の中国侵略 → 前々から中国を狙っていたアメリカが日本の抜け駆けに激怒(現代風に言うと「激おこぷんぷん丸」)→ アメリカ、石油の輸出を禁止 → 日本逆ギレ → 真珠湾

 

と、大変分かりやすい流れになっていますし、日本人の読者の皆さんもおぼろげながらご存知でしょうから、作中でも簡単に触れただけでしたし、また解説記事においてもあまり解説しません。

 

ただ、欧州はこれよりはもうちょっと複雑ですし、日本の学校でもあまり詳しくやりませんので、読者の皆さんにも馴染みがなかろうと思います。

 

しかし、作中では(本作を書いた動機にも関わるので)このあたりのことをどっぷり扱っていますので、解説が必要ですねはい……。

 

「ひとらー」じゃないよ! 「陽虎」だよ!

本作では中華帝国の独裁者「陽虎」なる人物が、ヒトラーの転生として登場します。「陽虎」の読みはあえて明記していません。ちょびヒゲかどうかも知りません。ただ、おそらく陸軍での最終階級は伍長であろうと思われます(笑)。

 

さて、史実でも、ヒトラーが推し進めたドイツの再軍備に、英仏を中心とした欧州諸国は警戒感を高めました。

 

作中では、話を分かりやすくするために、登場する人物を二人に絞りました。

一人は日本の衆議院議員「織田勝」。中帝に対して好戦的な主戦派という立場です。

もう一人は日本帝国首相「榊原結弦」。こちらは穏健派。

 

実はこの二人は、当時実在したイギリスの政治家をモデルにしています。

 

428px-Churchill_HU_90973織田勝のモデルとなったのは、かの高名な「ウィンストン・チャーチル」です。

彼は第二次大戦時に首相を務め、英国を勝利に導いた立役者として歴史に名を残しています。


 

 

Arthur-Neville-Chamberlain一方、榊原結弦のモデルは「ネヴィル・チェンバレン」英国首相。


 

 

もちろん小説はフィクションですので、分かりやすいようにデフォルメされてはいますが、チャーチルが主戦派、チェンバレンが穏健派というのは作中と同じです。

 

さて、史実の話に戻りましょう。ヒトラーがドイツの首相になったのは1933年、大統領職を兼務して独裁者となったのは1934年のことですが、再軍備宣言を出したのは1935年、さらに、軍事的挑発を初めて行い、周辺国から本格的に警戒されだしたのは1936年頃からです。

 

作中では、巴蜀王国が武力による脅しでもって、中華帝国に併合されたことになっています。

 

史実でも、ドイツはオーストリアとチェコスロバキアを併合しました、このうち、オーストリアは民族が同じドイツ民族だったこともあって、それほど大きな反発はなかったようですが、チェコスロバキアに領土の割譲を要求した際には、すわ戦争かと情勢は緊張しました。

 

Bild 146-1972-028-14しかし、この際、チェンバレンは様々な思惑もあって、これ以上の領土要求はしないとヒトラーから確認を取ると、このヒトラーの恫喝を容認してしまいます。この会談を「ミュンヘン会談」と言います(Wikipediaの該当記事)。

 

作中でも触れられているとおり、これによって逆にヒトラーは調子に乗った形となり、1939年、ポーランドにも領土の割譲を要求。これが拒否されると軍事侵攻を開始し、さすがにこれは許せないとみた英仏が参戦し、第二次世界大戦が始まります。

 

このような経緯のために、作中での榊原結弦と同じくチェンバレンも、ミュンヘン会談で譲歩したためにその後の破滅的な大戦争を招来したと、後世から非難されています。

 

ポーランドの運命

侵略されたポーランドは、戦争が終わった後も今度はソ連の支配下に置かれるなど、その後も辛酸を舐める歴史的試練が続きます。

 

作中では、ポーランドの歴史的試練は「満州国」が負っています。史実で日本が建国した「満州国」は、日本が建てた傀儡国家ですが、作中では「満州族」という少数民族の国家です。

 

あ、ここはよく間違われるのですが、満州族は実在します。清王朝を建てて一時は隆盛を極めた「女真族」が名前を変えたものです。

実は、満州は伝統的な中国領、すなわち漢民族居住地域ではありません。よーく地図を見れば、満州が万里の長城よりも北に位置していることも分かります。ここは古来「夷荻」の住む土地だったのです。ただし、現在では漢民族の入植が進んで、民族的にも雑居地域になっているようです。

 

地理的にも、また意味合い的にもポーランドの転生先としてふさわしいと考え、満州には作中でそういう役割を担ってもらうことにした次第です。