―このサイトは閉鎖されました―


 こんにちは。神無悠樹です。
 この名前を使うのも、きっと今日が最後です。

 にしても、このページを訪れるとは、あなたは……よっぽど、物好きな人ですね!

 いえいえ、もちろん歓迎しますよ。
 何もありませんけどね。文字通りに。

 えー、真面目に、お別れの挨拶をします。

 ここでの活動は、かなりの長きに渡って続きました。
 十年ぐらいですかね?

 いま思うと、まあ「ひでーことやってたなあ」と、苦笑いしながら思い出します。

 でも、後悔はしていません。
 仮に将来、ここに書いたことを、誰かに追及される機会があったとしても……きっと、後悔はしないと思います。

 ここでの活動は、当時の私が今の私になるに当たって、どうしても必要なことでした。

 手当たり次第に憎悪をばら撒いて、色んな人の心を逆立てて、反応を見る。
 もうちょっと比喩的な言い方をすると、

「地獄の底に降りていって、周囲をよく観察する」

 みたいなことが。
 それが、私が今みたいになるためには、どうしても必要なことだったんです。

 そうなると当然、私がいまどうしているか、気になる方がいるかもしれません。
 詳しくは言えません。

 でも……けっこう、幸せなんじゃないかと思います。
 ご想像の通り、普通の人生とは、かなり違うんですけど。

 でも、なぜか私の周りは、ちょっと引くぐらい良い人ばっかりで。
 その人たちと「まあまあ」ぐらいの関係を築けています。

 ……ま、さすがに、思想の話はできませんけどね。
 そういう話は、そういう人たちのところに出かけて行って、話しています。

 そんな生活の中で、ここでの活動がどう役立っているか、って言うと。

 なんて言うか、ですね。

 周りの人よりも、私……少しだけ、分かるみたいなんですよ。
 憎しみにとらわれた人たちの、気持ちが。

 いまはもう跡形もない、イスラム国の人たちとか。
 アメリカの国会議事堂に突入して、次々と逮捕されていった人たちとか。
 SNSに今もうごめいているであろう、有象無象の人たちとか。

 そういう人たちの気持ちが……私には、少しだけわかるみたいなんです。
 周りにいる「普通の人たち」よりも。

 私はまさに、そういう人間になりたかったんです。
 だから、いまの私は、なりたい自分になれたんだと思います。

 私は、いまもリベラルです。
 極左と言っても、いいかもしれない。
 そこは揺らぎません。

 でも……そのへんにいる、普通のリベラルには、なりたくなかった。

 いまでも、右翼とかクズだと思ってます。
 でも私は、クズの気持ちがわかるようになりたかった。

 このサイトやTwitterとかで活動したおかげで、完璧に、ではないにしても、ある程度はそれが出来るようになった、と思っています。

 だから本当に、ここで活動して良かった、と思っています。

 ……え?
 私の発言で、精神的苦痛を被ったって?
 その件はどう思うんだって?

 知りませんよ、そんなの。
 そういうのは、自分で処理してください。
 大人でしょ?

 話を、少し戻すと。

 私が「なりたい自分になれた」からと言って、いまはまだ、何かを変えられたわけじゃありません。

 ……でも、少しだけ、人とは違うことができるようになりました。

 だから、なんとなく、なんですけど……
 今やっていることが、近い将来、ものすごく上手くいくような気がしています。

 もし、本当にそうなれば……きっと、またお会いできるでしょう。
 あなたは、私を見つけるでしょう。

 ……ま、ダメだったら「ダメだったんだな」って思ってくれりゃいいです。

 そういうもんですよね……人生って。

 では。

 2021年某月某日

 神無悠樹